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MLB

「ホームが空いていた」バリー・ボンズが満塁で敬遠されてから22年。日本ではタイトル争いの最中で泥沼の賭け引きが…

SLUGGER編集部

2020.05.29

満塁の場面で勝負を避けられたボンズ。日本でも“近い”事例はあったが…。(C)Getty Images(写真は2001年)

満塁の場面で勝負を避けられたボンズ。日本でも“近い”事例はあったが…。(C)Getty Images(写真は2001年)

 どんな野球選手でも打率10割は不可能である。であるならば、絶体絶命の大ピンチでも“勝負する”選択はあってしかるべきだ。しかし22年前の1998年5月28日現地時間、満塁の場面で敬遠、つまり「1点を相手にプレゼントする」戦術が行われた。主役は“史上最凶の打者”、バリー・ボンズである。

 サンフランシスコ・ジャイアンツ対アリゾナ・ダイヤモンドバックスの一戦、Dバックスが8対5でリードして迎えた9回裏に“事件”が起きた。ジャイアンツは1アウト後、3つの四球などで1点を返し、2死ながら満塁のチャンスを作り出した。そして打席には、後にシーズン歴代最多73本塁打を放つことになるボンズ。最高の場面で最高の打者に回ってきた。

 沸き立つホームのジャイアンツファン。しかし……、ダイヤモンドバックスはここで敬遠を選択。当然大ブーイングが巻き起こるが、衝撃的な場面にテレビ実況者も「信じられない!」と興奮混じりの声もあった。この采配について、当時の監督であるバック・ショーウォルターは「空いているベースは常にある。その夜はホームが空いていた」と振り返っている。

 ジャイアンツは何もせず1点を返したが、次の打者が打ち取られ、結果的にDバックスの一世一代の“賭け”は成功したわけだ。メジャーではボンズの例も含めて「満塁敬遠」は6度あり、直近では2008年にジョシュ・ハミルトン(当時レンジャーズ)が記録している。勝っているチームが「満塁敬遠」を選択したのは5回、計4回成功しているのだから、選択としては“アリ”ということになる(?)だろうか。
 
 実は、日本でも同様に「満塁敬遠」があった。ただ、これは試合に勝つため、というよりは「個人のため」に行われたものだった。

 1975年10月19日の広島対中日戦、山本浩二と井上弘昭が1厘差を巡る熾烈な首位打者争いを繰り広げていた。打率.319でリードしていた山本はこのシーズン最終戦、代走で出場して打席には立たず。一方の井上は3回、無死満塁の場面で代打で登場した。“絶対に勝負される”と満を持して打席に向かったが、広島はここでプロ野球史上初となる「満塁敬遠」を選択。中日はもう1試合残っており、井上がヒットを打てば逆転できたものの、その一本が遠かった。

 また1984年10月3日の中日対阪神戦でも、タイトル争いの中で「満塁敬遠」が記録されている。宇野勝と掛布雅之はこの時点でともにリーグ最多の37本塁打でタイトルを“分け合って”いた。両軍とも残り2試合、対戦カードはこの2チーム同士だった。

 大方の予想通り、宇野も掛布も四球合戦となったのだが、中日の攻撃で迎えた7回裏2死満塁の場面で、宇野に打席が回ってきた。果たして阪神が下した決断は……「満塁敬遠」。これで宇野は初回から5打席連続の勝負なしの四球となった。対する掛布も5打席連続敬遠。翌日の同カード、セ・リーグ会長による敬遠四球を慎むようとのお達しもむなしく、この日も両者とも5打席連続敬遠となり、宇野と掛布は10打席連続敬遠、80球連続ボールという前代未聞の記録が語り継がれることになった。

 ボンズの時の敬遠は、驚きの意味での「マジかよ!」というブーイングもあったが、宇野&掛布の時には、勝負を見たいファンからの「マジかよ……」というブーイングが多かったように感じる。

構成●SLUGGER編集部

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