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プロ野球

【2010年代通信簿:中日】球団史上最高の黄金期の後に訪れた球団史上最悪の低迷期

久保田市郎(SLUGGER編集長)

2020.06.03

指揮を執った8年間すべてAクラス、リーグ優勝4回と監督としてはプロ野球史上に残る実績を残した落合氏だが……。写真:朝日新聞社

指揮を執った8年間すべてAクラス、リーグ優勝4回と監督としてはプロ野球史上に残る実績を残した落合氏だが……。写真:朝日新聞社

 2020年、新たな年代が幕を開ける。ここで改めて、各チームの過去10年間の戦績を通信簿形式で評価してみたい(通信簿は「よくできました」「まずまずです」「可もなし不可もなし」「がんばりましょう」の4段階)。今回は振れ幅の激しい10年間を送った中日の軌跡を振り返る。

■2010年代通算成績
670勝713敗52分(勝率.484)/セ・リーグ4位(12球団7位)
日本一:0回 リーグ優勝:2回 CS進出:3回

通信簿:がんばりましょう

 ドラゴンズの10年代は、いい意味でも悪い意味でも落合博満の影響を色濃く反映するものとなった。04年から監督に就任した落合は、07年に53年ぶりの日本一を達成するなど球団史上最高の黄金期をもたらし、10年代も最初の2年間にリーグ連覇を果たしたものの、11年限りで退任。高木守道監督が就任した12年は前政権の遺産で日本シリーズまで1勝と迫ったが、翌年以降、チームはそれまでの栄光の日々が嘘のような低迷期を迎える。
 
 13年オフ、12年ぶりのBクラス転落を受けて高木監督が辞任すると、落合が今度はGMとしてチームに復帰。選手兼監督となった谷繁元信をサポートするという名目で強大な権限を与えられた。だが、「GM・落合」は「監督・落合」とは対照的に成功を収めることはできなかった。

 就任早々、落合GMは球団上層部の意向を受けて大幅なコストカットに着手。一気に8億円近くも総年俸を削減した。だが、井端弘和、荒木雅博、岩瀬仁紀、森野将彦、和田一浩、谷繁ら黄金期を支えたベテランが衰えを見せる中での予算削減は、そのまま戦力低下に直結した。

 おそらく落合GMはコストカット分の戦力をドラフトで埋めようと考えたのだろう、13~14年のドラフトでは計15人を指名(育成を除く)し、そのうち高校生は1人だけという徹底した「即戦力ドラフト」を展開したが、これが結果的には大失敗だった。14年1位指名の野村亮介はわずか3年で戦力外となり、他の選手も大半は期待通りには成長しなかった。
 

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