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MLB

ブルージェイズが元西武の故トニー・フェルナンデスを追悼。今季は背番号1をあしらったパッチを着用

宇根夏樹

2020.07.21

ドミニカ共和国出身のフェルナンデスは、18歳の時にブルージェイズと契約。17年のキャリアのうち、ブルージェイズにいたのは12シーズンに上る。写真:Getty Images

ドミニカ共和国出身のフェルナンデスは、18歳の時にブルージェイズと契約。17年のキャリアのうち、ブルージェイズにいたのは12シーズンに上る。写真:Getty Images

 7月13日、トロント・ブルージェイズはトニー・フェルナンデスを称え、今季のユニフォームに「スペシャル1」の記念パッチを付けてプレーすることを発表した。2000年には西武でもプレーしたフェルナンデスは、今年2月に腎臓病と脳卒中の合併症により、57歳の若さで亡くなった。

 新型コロナウイルスによる開幕の遅延があったとはいえ、発表は遅すぎたくらいだ。フェルナンデスはキャリアを通してブルージェイズ一筋のフランチャイズ・プレーヤーだったわけではないが、1983~90年、93年、98~99年、2001年と4度在籍。ブルージェイズで10年以上プレーした選手は12人いるが、選手として3度以上の在籍はフェルナンデスだけだ。他球団においても、これほど何度も在籍した選手はほとんどいない。

 俊足を備えた両打ちの巧打者でブルージェイズでの出場試合(1450)、安打(1583)、単打(1160)、三塁打(72)はすべて球団記録だが、一番の持ち味は守備。西武時代はほとんど三塁を守っていたため日本ではあまり知られていないが、86~89年に4年連続ゴールドグラブを受賞した、当代きっての好守の遊撃手だった。
 
 また、フェルナンデスは、記録だけでなくプレースタイルや人格においても、多くの人の尊敬を集めた。記念パッチを発表した声明文の中で、マーク・シャパイロCEOは「トニーはプレーする姿勢やチームメイトに接する態度でも、ファンの心を打った」とコメントしている。2歳年下の元チームメイト、トッド・ストットルマイヤーは訃報に接した際、「私の人生にいい影響を与えてくれた。彼は周囲にいる人を向上させた」とツイートした。トロントで生まれ育ち、少年時代にフェルナンデスを応援したジョーイ・ボトー(レッズ)は、自身がかぶるキャップに「RIP(安らかに眠ってください)トニー。父と僕はあなたが大好きでした」と書き込んだ。

 左袖に付く黒地の丸い記念パッチは、中央にフェルナンデスがブルージェイズで常に背負った背番号1が白く記してあり、円の少し内側に沿って二重の白いラインが入っている。webサイト『SportsLogos.Net』のクリス・クリーマーは、このデザインについて「外側から内側(あるいはその逆に)黒、白、黒、白の円があるのは、4度の在籍を示しているようにも思える」と書いている。この推測が当たっているのかは定かではないが、確かに2年前のロイ・ハラデイの追悼パッチはラインが1本ずつだった。このデザインに何か特別な思いが込められていることは間違いないだろう。

文●宇根夏樹

【著者プロフィール】
うね・なつき/1968年生まれ。三重県出身。『スラッガー』元編集長。現在はフリーライターとして『スラッガー』やYahoo! 個人ニュースなどに寄稿。著書に『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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