プロ野球

10代の最多本塁打記録を更新。「世代最強」に駆け上がった村上宗隆の成長の糧となった高校時代の好敵手

加来慶祐

2019.09.15

10代最多本塁打記録保持者となった村上。彼をスターへと押し上げたルーツは高校時代にあった。写真:徳原隆元

 この男の本塁打には、なにかと記録が付きまとう。

 昨年のプロデビュー戦となった9月16日の広島戦。岡田明丈から放った初打席本塁打は、高卒新人として史上7人目、2000年代生まれの選手では栄えある第1号となった。今年8月12日のDeNA戦では史上最年少でサヨナラ本塁打を打ち、9月4日の広島戦では、清原和博を抜いて10代選手の歴代最多を更新する32号を放っている。とにかくそのすべてが劇的で、記憶にも記録にも残る一発なのだ。

 その村上、九州学院高で過ごした高校時代から打撃力は頭ひとつ、ふたつ抜けた存在だった。

 熊本東シニア時代に長崎シニアの増田珠横浜高→ソフトバンク、熊本北シニアの西浦颯大明徳義塾高→オリックスらとともに九州シニア選抜の主軸を担っただけあって、入学直後からスウィングの速さ、インパクトの強さだけでなく、打球の速さ、飛距離は折り紙付き。しかも、コンタクト技術も上級生以上の水準を誇っていた。
 2本の残像が蘇る。

 入学後すぐの5月。早稲田実高を熊本に迎えての練習試合で、村上は高校初本塁打を放っている。そして、この直後に同じく高校初アーチをかけたのが清宮幸太郎(現日本ハムだった。後に高校通算107本を達成する稀代のスラッガーを追いかけ、大挙押し寄せた取材陣の前で放った同じ1年生の大型スラッガー。この一発により村上の名は、「肥後のベーブ・ルース」の異名とともに広く全国を駆け巡ることとなる。

 そして同じ年の夏。高校生活初めての夏を4番打者として迎えた村上は、緊張のあまり足をがくがく震わせながらも、やはり初打席で結果を残している。初打席が夏の初本塁打、それも満塁弾である。この年の熊本大会では打率.409と打ちまくり、チームを5年ぶり8回目の甲子園に導く立役者となった。

「最深部に(打球が)行っている時が一番いい時」と言うように、打球はセンターからむしろ左への特大弾が多かった。早稲田実高戦の一発は左中間に、夏初打席の満弾はバックスクリーン左に飛び込んでいる。いずれも村上の得意とする真ん中からインローの直球を運んだものだ。とくに夏初戦で放った満塁弾は、プロ入りが決まった直後の取材で「今でも大事にしている感触」と語っていたほど、本人も納得の一打だった。

 1年秋から捕手に転向した影響もあり、その後はホームラン量産ペースはダウンしたが、最高学年となった2年秋からの1年間実働8ヵ月35本と再びペースアップ。打球傾向としては高々とアーチを打ち上げて運ぶというよりも、目の覚めるような弾丸ライナーで右に左に距離を出すという一発が多かった。そして最終的には、高校通算52本塁打を放っている。
NEXT
PAGE
6三振を喫した対秀岳館戦