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プロ野球

岩隈久志の引退で思い出す「ダルビッシュ有との死闘」。パ・リーグ最高の“黄金カード”に胸を踊らされた

新井裕貴(SLUGGER編集部)

2020.10.20

2000年代後半のパ・リーグを沸かせた岩隈(右)とダルビッシュ(左)の投げ合い。スタイルのまったく異なるその投手戦は、ある意味、芸術的でもあった。(C)Getty Images

2000年代後半のパ・リーグを沸かせた岩隈(右)とダルビッシュ(左)の投げ合い。スタイルのまったく異なるその投手戦は、ある意味、芸術的でもあった。(C)Getty Images

 19日、悲しい知らせが球界を駆け巡った。

 巨人の岩隈久志投手(39歳)が今季限りで現役を引退するという。日米通算21年間で170勝を挙げた右腕は日本球界復帰後、故障に苦しみ、ユニフォームを脱ぐことになった。

 結果的に「晩節を汚した」、のかもしれない。しかし、平成生まれの私にとって、岩隈久志という存在は非常に鮮烈な印象を残してくれた。残念ながら近鉄時代の投球はハイライトでしか見たことがないものの、すらりとした身体から正確無比のコントロールで打者を打ち取る姿は、ただただ格好良かった。特に、2000年代後半のパ・リーグで繰り広げられたダルビッシュ有との投げ合いは、「柔と剛」の極地とも言えるものばかりだった。
 
 近鉄最終年の2004年に15勝2敗で最多勝のタイトルを獲得した岩隈は、投球直前に右腕をだらんと下げながらリリース位置を隠す独特なフォームが特徴の本格派だった。しかし、楽天に移った初年度は肩の故障、そして06年には二段モーション禁止に伴うフォーム修正に苦しみ、結果を残すことができなかった。その間、日本球界に台頭したのが、5歳下のダルビッシュだった。

 06年途中から開花の兆しを見せていた日本ハムの右腕は、07年に15勝5敗、防御率1.82、WHIP0.83、12完投という圧巻の成績を残して沢村賞&MVPを受賞。そしてこの15勝のうち1つは、8月27日に岩隈と投げ合って9回完投したものが含まれている。翌08年4月10日、両者は二度目の対戦を迎えたのだが、この試合は岩隈にとって大きなターニングポイントになった。

 札幌ドームで行われた一戦は両軍6回までゼロが並ぶ展開。7回裏に日本ハムが犠牲フライで先制すると、この1点が痛恨となり、岩隈は8回3安打1失点、ダルビッシュが9回3安打完封という投手戦に。しかしこの一敗で、岩隈は「今年はやれる」と手ごたえを感じた。フォームの修正がうまくいっているのを確信し、そして最強エースとの戦いにも一歩も引かない投球ができたことで自信を深めたという。

 その自信は結果にも表れ、21勝、勝率.840、防御率1.87、201.2回でリーグ1位をマークし、沢村賞&MVPを受賞。この年の北京五輪では落選したものの、オフの第2回WBCには松坂大輔、そしてダルビッシュと並ぶ先発三本柱に選ばれるまでになったのである。

 しかも、この大会でエースと期待されていたダルビッシュが制球難に苦しむと、代わって岩隈がチームの危機を救う好投を連発。キューバ戦では濃霧の環境でフライが見づらいことを意識して、「ゴロを狙って打たせた」という天才的な投球術を見せつけ、決勝の韓国戦でも7.2回2失点。結果的に“抑え”のダルビッシュが打たれて勝利投手にはなれず、20.0回で防御率1.35という成績ながら1勝1敗で大会MVPを逃したが、受賞した松坂が「クマがMVP」と語ったのは、その貢献を思えばその通りである。
 
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函館の地で生まれた、両者とも9回無失点の譲らぬ投手戦

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