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イチローが語る「数字よりも大事なもの」とは?メジャー3000本安打までの軌跡をたどる

出野哲也

2020.02.08

メジャー初出場した時の年齢は27歳と162日。通常なら、これほど遅くデビューした選手が3000本まで届くことは考えられない。(C)Getty Images

 2004年、イチローがジョージ・シスラーの年間安打記録に迫っていた頃、当時のマリナーズ監督ボブ・メルビン(現アスレティックス監督)は「3000安打を達成してもまったく不思議ではない。日本での数字も加えれば、最終的にピート・ローズに匹敵するかもしれない」と語っていた。それから12年後、メルビンの予言は現実のものとなった。
 
 16年8月7日、敵地クアーズ・フィールドで行われたロッキーズ戦。3000本まで残り1本として迎えたこの試合でイチローは、6番で先発出場するも第3打席まで音なしだった。だが、7回表の第4打席、クリス・ラシンの投じた3球目を振り抜くと、打球はライト方向へ舞い上がり、右翼フェンスを直撃。イチローは一気に三塁まで到達した。3000安打を三塁打で決めたのは、マリナーズの打撃コーチとしてイチローとも縁のあったポール・モリター以来、2人目となった。

 ディー・ゴードンを先頭に、マーリンズの選手たちが次々にイチローのもとに駆け寄り、抱擁を交わす。4万人を超える観衆からの拍手もなかなか鳴り止まなかった。「チームメイトたちが喜んでくれて、ファンの人たちが喜んでくれた。僕にとって、3000という数字よりも(そうした反応が)大事なことだということを再認識した」。ベンチに戻ったイチローの目には涙が浮かんでいるようにも見えたが、「あれは汗」と否定した。
 
 この年のイチローは好調で、前半戦を終えて打率.335。7月28日に2998安打目を放ち、記録達成は時間の問題と思われたが、29日~8月5日は11打数無安打と「産みの苦しみ」を味わう。6日になって7試合ぶりにヒットを放って王手をかけ、再びファンの期待が高まる中での一打だった。

 イチローがメジャーで初出場した時の年齢は27歳と162日。通常なら、これほど遅くデビューした選手が3000本まで届くことは考えられない。それまで、3000安打到達者で最も初ヒットが遅かったウェイド・ボッグスでも23歳と299日で、27歳になるまで500本以上打っていた。

 ところが、イチローは1年目から驚異的なペースで本数を積み重ねた。年間262安打の新記録を樹立した04年終了後、野球統計の権威ビル・ジェームズは3000安打到達の確率を18%と算出した。その数字は年を追って上がりはしたが、10年終了時点でもまだ36%。その後は安打のペースが落ち、達成が危ぶまれた時期もあった。だが、本人は周囲ほどには記録にこだわっていないようでもあった。

 6月15日に日米通算安打数でローズを超えた時、「ここにゴールを設定したことがない」と関心を示さなかったイチローは、3000安打達成後の記者会見でも次のように語った。「3000っていうと、殿堂につなげることが多いと思うんですけども、僕にとってはいつの日か分からないことよりも、明日の試合に出たいっていうことが大事ですね」。

文●出野哲也

※『スラッガー』イチロー引退特集号より転載