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球団がオファーを取り下げたのに…クマー・ロッカー契約不成立に見るMLBドラフト制度の“不均衡”<SLUGGER>

宇根夏樹

2021.08.10

メッツから契約を蹴られたロッカー。他のメジャー球団とも契約することができない彼の心中はいかばかりか。(C)Getty Images

メッツから契約を蹴られたロッカー。他のメジャー球団とも契約することができない彼の心中はいかばかりか。(C)Getty Images

 7月11~13日に行なわれたMLBドラフトで、メッツはバンダービルト大の右投手、クマー・ロッカーを全体10位で指名した。ロッカーは高校時代から注目されてきた大型右腕で、全米屈指の強豪バンダービルト大で1年次からエースとして大活躍。19奪三振ノーヒッターを達成し、カレッジ・ワールドシリーズではMVPも獲得した。今季に入ってからの不調で評価を落としていたとはいえ、一時は全体1位有力候補と言われていた逸材を指名できたことに、メッツファンは歓喜した。

 けれども、メッツとロッカーは交渉期限の8月1日までに契約をまとめることはできなかった。両者は指名当日、契約金600万ドルで一度は合意に達したものの、その後のメディカルチェックで腕に異常が見つかったとして、メッツがトーンダウンした。だが、ロッカーのアドバイザーを務めるスコット・ボラスは異常なしを主張して契約金の減額を受け入れず、交渉は暗礁に乗り上げた。結局、メッツは減額契約のオファーすら出さないことを選択し、そのまま時間切れとなった。

 メッツには補償として、来年のドラフトで全体11位指名権が与えられる。ロッカーを指名した全体10位からひとつ下がった順位だ。これは、通常の指名権にプラスして与えられるので、長い目で見ればメッツにとってはそれほど大きなマイナスはない。

 一方、ロッカーには何の補償もない。ドラフトで指名されなかった選手は、どの球団とも入団交渉を行うことができるが、ロッカーのように指名されて契約に至らなかった選手は、来年のドラフトを待つしかないのだ。
 
 今後のロッカーの選択肢は大学に残るか、ソフトバンク入りしたカーター・スチュワートのように、日本や独立リーグも含めMLB傘下以外の球団と契約するしかない(ボラスによれば、ロッカーは大学に戻らず国内の独立リーグと契約する方針のようだ)。契約が成立しなかった際のマイナスは、メッツよりもロッカーの方が明らかに大きいのだ。

 スポーツ専門放送局『ESPN』のコラムニストであるバスター・オルニーは、この不均衡を「馬鹿げた冗談」とツイートした。また、『フォーブス』誌のマーク・エデルマン記者は、選手が複数の球団と交渉できないドラフト制度そのものに異議を唱え、独占禁止法には触れないという司法の判断を紹介しつつ、MLB機構だけでなく現行の制度を容認している選手会にも非があると書いている。

 今回のメッツとロッカーの件について、MLB選手会は何も発言していない。理由としては、ロッカーが選手会の一員ではないことが考えられる。ただ、現時点では選手会に入っていなくても、将来的にそうなり得る選手に不利な制度であれば、是正するようMLB機構に働きかけるべきではないだろうか。

 実際に、前述のエデルマン記者は「ドラフトで指名した段階で自動的に契約を結ぶ」「契約が成立しなかった場合すぐに“補足ドラフト”を行なう」など、現在の不均衡を是正する提案をMLB選手会がすべきだったと書いている。

 いずれにしても、現行のシステムでは球団側へのメリットが著しく大きく、選手が不利な立場に置かれていることは明らか。MLB機構と選手会との現行の労使協定は12月に失効する。新たな協定を結ぶにあたっては、ドラフト制度の見直しも俎上に上がるかもしれない。

文●宇根夏樹

【著者プロフィール】
うね・なつき/1968年生まれ。三重県出身。『スラッガー』元編集長。現在はフリーライターとして『スラッガー』やYahoo! 個人ニュースなどに寄稿。著書に『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。
 

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