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「歴史の裏主人公」「マネーボールの申し子」――自ら命を絶ったジェレミー・ジアンビの短くも波乱に満ちたキャリア<SLUGGER>

SLUGGER編集部

2022.02.13

抜群の選球眼と豪快なキャラクターが売りだった現役時代のジェレミー。00~01年は兄ジェイソンとプレーした。(C)GETTY IMAGES

 ジェレミー・ジアンビが他界した。両親の自宅で、拳銃で自分の胸を撃ち抜いた。47歳だった。

 2000年にアメリカン・リーグMVPを受賞した兄ジェイソンと瓜二つの風貌で、豪放な一面は兄以上だったジェレミー。彼は、あるひとつのプレーでMLBの歴史に名を残している。それも、"裏主人公"として、だ。

 2001年のア・リーグ地区シリーズでヤンキースのデレク・ジーターが見せた一世一代の好プレーである"ザ・フリップ"で、ホームで憤死したのが他でもないジェレミーだったのだ。

 アスレティックスが2勝0敗と王手をかけて臨んだ第3戦、0対0で迎えた7回裏に事件は起きた。2死一塁の場面で、テレンス・ロングが一塁線を破るヒット。打球を処理したライトのシェーン・スペンサーの送球がカットオフマンの頭を大きく超え、ボールが転々とする。一塁走者のジェレミーが生還してアスレティックスに貴重な先制点……かと思いきや、どこからともなく現れたジーターが一塁とホーム間でボールをつかみ、素早く捕手にトスしてジェレミーをアウトにしたのだ。
 絶好のチャンスを逸したアスレティックスは、その試合に敗れると、続く第4戦、第5戦も落としてシリーズにも敗退。余裕でホームインできると高をくくっていたのか、スライディングしようとしなかったジェレミーは、1986年のワールドシリーズでサヨナラトンネルを喫したビル・バックナーと同じく、MLB史上最大級の"しくじり選手"として記憶されるようになった。

 また、ジェレミーは、"マネーボールの申し子"のひとりでもあった。「貧乏球団」アスレティックスを率いるビリー・ビーンの快進撃の秘密を描いてベストセラーとなり、今に続くセイバーメトリクス革命の口を切った『マネーボール』で、ジェレミーは「市場が見落とした価値」、すなわち出塁率に秀でた選手として登場する。
 
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「ジェレミーはこのことでひどい仕打ちを受けた。実にアンフェアだ」