プロ野球

川相昌弘が殿堂入り投票で野村謙二郎、石井琢朗より多く票を得る不条理。再考するべき「犠打世界記録」の価値<SLUGGER>

出野哲也

2023.01.19

川相が野村や石井よりはるかに多く票を集めた背景には巨人で長くプレーしたことも影響しているかもしれない。写真:産経新聞社

 次に挙げるのは、いずれも1980年代後半~2000年代にかけてセ・リーグで活躍した遊撃手の通算成績である。

▼選手A
2020安打、169本塁打、250盗塁、打率.285、OPS.755

▼選手B
2432安打、102本塁打、358盗塁、打率.282、OPS.728

▼選手C
1119安打、43本塁打、47盗塁、打率.266、OPS.678

 ちなみに、ベストナイン選出回数はAが3回、Bは5回、Cは1回。誰がどう見ても、AとBの方がCより優れた選手だと思うだろう。

 しかし、1月13日に発表された野球殿堂入り選手に投票した人々の意見は違うようだ。A=野村謙二郎の得票数は80、B=石井琢朗はさらに少ない49。だが、彼らよりはるかに打撃成績で劣るC=川相昌弘には全候補者中4番目の217もの票が集まったのだ。

 確かに川相は守備の名手で、ゴールデン・グラブに6回選ばれている。野村は1回、三塁で3度受賞した石井も遊撃では1回だ。しかし、同じ遊撃手で川相を上回る7度受賞の井端弘和は、被投票資格を得た21年に10票どまりだった。守備力が根拠で川相がこれだけ支持されているとは考えにくく、打力の差を埋めるほどの違いがあったとも思えない。
 その年、そのポジションで一番の選手を選ぶベストナインが一度だけの川相が、どうして殿堂入りの投票では、合計8回の野村と石井を逆転しているのだろう。

 おそらく理由は一つしかない。川相が通算533犠打の「世界記録保持者」であることが、2000安打以上に高く評価されているのだ。

 この「世界記録」は、アメリカでは今後まず破られない。更新しようと考える選手がいないからだ。メジャーリーグの歴代1位は90年以上も前に引退したエディ・コリンズの487で、現役最多は投手であるクレイトン・カーショウ(ドジャース)の110。今では投手が打席に立たなくなったので、この数字が増える可能性はないに等しく、野手で現役最多のエルビス・アンドゥルースも103回しかない。

 そもそも、現代のメジャーでは犠打は滅多に使わない。昨年は、球団別で最多のダイヤモンドバックスでも年間31回、次いでエンジェルスの25回。10球団が10回未満で、そのうち世界一になったアストロズを含む8球団がポストシーズンに進出した。ナ・リーグ東地区覇者のブレーブスに至ってはたった1回。送りバントは勝利のために必須の戦略ではないのだ。