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侍ジャパン

野球人生を一変させる大きな代償を払って… WBC2連覇をもたらした松坂大輔の「日の丸」への思い<SLUGGER>

節丸裕一

2023.03.06

第1回に続いて第2回WBCでもMVPに輝いた松坂。だが、これを機に彼のキャリアは暗転してしまった。(C)Getty Images

第1回に続いて第2回WBCでもMVPに輝いた松坂。だが、これを機に彼のキャリアは暗転してしまった。(C)Getty Images

 松坂大輔は、まさに“平成の怪物”と呼ぶにふさわしい存在だった。

 横浜高校時代は劇的すぎる試合の連続で春夏連覇、プロでも1年目から社会現象になるほどの活躍を見せ、その後、破格の大型契約でMLB移籍を果たした。「リベンジ」「自信が確信に変わりました」など数々の名言も残し、「僕は夢は見ない」(目標を持つ、の意)と言いながら、野球ファン以外にも夢を与えた。


 その存在を際立たせたのは、国際大会での活躍だった。シドニー、アテネの2度のオリンピックもそうだが、WBCは特に印象度が強い。第1回、第2回の2大会連続MVPはもう誰にも破られないだろう。通算6先発で何と6勝、防御率は1.95を誇る。

 2006年の第1回WBCは運営上の混乱もあり、日米問わず球団によっては選手の出場を快く認めない圧力があったと言われる。

 日本では松井秀喜、井口資仁らが出場を辞退した一方、イチローは「WBCは世界一を決める大会でしょ。だから出る。シンプルにそれだけ」と参加を快諾。「世界一を獲りに行く」と強い思いをにじませた。

 松坂は大会前、「イチローさんがあれだけ言って引っ張ってくれている通り、僕もそれだけ素晴らしい大会だと思います。今までのどの大会よりも上の大会。だからこそ、とにかく一番になりたい。日本が世界一だってことを証明したい」と熱い思いを隠さなかった。その頃から松坂のメジャー志向は周知の事実だっただけに、メジャーリーガーとの対戦も楽しみではないかと尋ねたが、「今回は世界一になりたいだけで、誰かを相手に対戦を楽しみたいとかはないです」と真剣そのものだった。
 例年より早い調整、普段と違うボール、ロジン。難しい調整が続く中、松坂の調子はなかなか上がってこなかった。本大会開幕前のエキシビション2試合では速球に本来の威力がなかった松坂。初登板は、第1ラウンド2戦目の台湾戦だったが、4回1失点ながら決して満足いく出来ではなかった。それでも、「普段は内容を重視しますけど、こういう大会だから、結果が大切」と笑顔を見せた。

 その後、第2ラウンドではあのボブ・デビッドソンの「世紀の大誤審」もあり、日本は1勝2敗と負け越したのだが、唯一の勝利は松坂が先発したメキシコ戦だった。この試合、松坂は5回無失点の好投。のちに失点率でアメリカを0.01上回って準決勝に進出したことを考えると、この試合で松坂が1点も許さなかったことはかなり大きい。

 そして、キューバとの決勝。1回表に4点をもらった松坂は、その裏、先頭打者本塁打を浴びたものの、4回まで1失点の力投。王ジャパンを世界の頂点へと導いた。松坂がひたすら追い求めていた「世界で一番」になった。MVPに選ばれたインタビューで「日本が一番だということを証明しにきた」と胸を張った松坂の誇らしげな表情は忘れない。

 翌年、レッドソックスに移籍した松坂は1年目から15勝を挙げる活躍。日本人投手として初めてポストシーズンで勝利投手となり、ワールドシリーズ制覇にも大きく貢献した。2年目の08年は18勝3敗、防御率2.90。レッドソックスでも中心選手としての地位を確立した。

 迎えた09年の第2回WBC。原辰徳監督が率いた侍ジャパンは厳しい戦いを勝ち上がった。イチローが思うような結果が出せなくても、青木宣親、村田修一、稲葉篤紀、小笠原道大らが日替わりで活躍。松坂はまたしても3戦3勝と勝ち続けた。

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