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【WBCプレイバック】大谷翔平×マイク・トラウト――偶然と奇跡が生んだ“世紀の対決”:後編<SLUGGER>

出野哲也

2023.12.29

スイーパーでトラウトを斬って取った大谷はグラブを高々と放り上げた。(C)Getty Images

 2024年の野球界で最も印象に残る瞬間と言えば、WBC決勝での大谷×トラウトの対決をおいて他にない。全世界が熱狂した世紀の大一番は、いくつもの偶然と奇跡によって生まれたものだった。
※SLUGGER11月号増刊『大谷翔平 2023総集編』より転載

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 大会前、トラウトは大谷と対戦する可能性について「いつも彼が投げるのを最前列で見ているからね。対戦した打者はみんな、打席に立ちたくないと言っている。興味深い対戦になるだろう。彼とはいい友人だし、とても楽しみだ」と語った。

 この時点では、日米両国の対戦が実現するなら準決勝のはずだった。ところが大会中に日程が急きょ変更され、決勝まで当たらないことになった。このいい加減と言われても仕方のない運営も、結果的には最高の場面につながったのだ。

 日本とアメリカはいずれも順調に勝ち上がっていった。準決勝では、日本は大苦戦の末に村上宗隆(ヤクルト)の逆転サヨナラ二塁打でメキシコに勝利。アメリカもベネズエラを下し、ついにWBCで初めて決勝での日米決戦が現実になった。

 だが当初、この大舞台で大谷がマウンドに上がる予定はなかった。準々決勝を前にエンジェルスのフィル・ネビン監督は「次の登板は24日のオープン戦」であり、準決勝以降は打者に専念すると明かしていた。日本代表も、本来は大谷をリリーフで起用するつもりはなかったはずだ。松井裕樹(楽天)、栗林良吏(広島)と実績のあるクローザーが2人いるのに、本職ではない大谷が抑えに回る理由はない。
 ところが、松井はWBC公式球への対応に苦しんで調子が上がらず、栗林は腰を痛めて途中離脱。大勢(巨人)らの若手リリーバーに準決勝や決勝の最後を任せるのは厳しいとあって、大谷が締めくくり役を務める必然性が生まれた。

 エンジェルスも最終的に大谷の登板を了承した。ベテラン記者のケン・ローゼンタールはその背景をこう説明した。「(FAになる)大谷を引き留めたいと思っているアート・モレノ・オーナーには、『悪いけど、君の国のために投げることは認められない』とは、
とても言えないだろう」。

 こうして次々に障害が取り払われてもなお、夢の対決は実現しない可能性が圧倒的に高かった。一方的な試合展開になればもちろん、僅差であっても日本がリードされていた場合は、大谷を投げさせるとは考えにくい。逆に日本が優勢だったとしても、大谷を投入する必要がある場面で、ちょうどトラウトの打順になるとは限らなかった。そして、打者でもある大谷は、8回に打席が回ってくればブルペンでの準備はできない。

 けれども、すべては運命に導かれたかのごとく動いていく。決勝戦、日本は岡本和真(巨人)のホームランなどで3対1とリード。だが8回表、アメリカはカイル・シュワーバー(フィリーズ)のソロ本塁打で1点差に迫る。その裏の日本の攻撃は5番村上から始まり、8番の源田壮亮(西武)で終わったので、3番の大谷は打撃の準備をする必要もなく投球練習ができた。最終回のアメリカの攻撃は9番から。最初の2人がアウトなら、2番のトラウトが最後の一人になる――。