プロ野球

【なぜ日本野球はバントを“乱用”するのか?:第1回】「V9巨人起源説」も「高校野球の影響説」も無理がある?――犠打信仰の“起源”への疑問<SLUGGER>

筒居一孝(SLUGGER編集部)

2024.12.20

現役最多の通算395犠打を誇る今宮健太(ソフトバンク)。今季も102試合にわたって2番を打ち、「2番=バント」の代表例と言える。写真:梅月智史(THE DIGEST写真部)

 海の向こうのMLBでは、今や2番打者と言えばスラッガーだ。大谷翔平(ドジャース)も、今季開幕当初は2番を打っていた。当然、彼らはバントなどしない。そもそも、今やメジャーリーグでは送りバントという作戦自体がほとんど見られない。もともとMLBではバントは少なかったのに加え、近年は「送りバントはかえって得点期待値を下げる非効率な作戦である」という考え方が現場に浸透していることが大きい。

 だが、日本ではいまだに2番と言えば「小技」の印象が強い、さらに言えば、2番打者に限らず犠牲バントが多用される傾向にある。2024年シーズンの数字を見ると、MLBでは1チームの1試合平均犠打数がたった0.1個だったが、NPBは0.8個。ざっくり言えば、MLBは10試合に1犠打ペースなのに対し、日本はほぼ1試合1個に近い割合で送りバントを記録していることになる。

 日本でも、セイバーメトリクスの考えが徐々に浸透し、「犠打非効率論」は若いファンを中心に広く知られつつある。だが、「現場」ではいまだにバントが多用されている状況は変わらない。

 それにしても、日本球界はなぜこれほどまでにバントを多用するのだろうか? その理由については、これまで主に2つの説があった。一つは「V9巨人起源説」だ。1965~73年に巨人が達成した空前絶後の日本シリーズ9連覇(V9)は、送りバントなどの小技を多用するスモールボール戦法を効果的に活用したことによってもたらされたものであり、そこから犠打の重要性が球界に広まったという説である。加えて、当時の監督だった川上哲治がバイブルとしていた『ドジャースの戦法』という教則本にバントの重要性が記されている、と唱える人もいる。
 
 だが、データを見てみると、実はV9巨人の犠打はそれほど多くない。65~73年の1シーズン平均は81個で、2024年の水準ではむしろ少ない部類に入る。また、当時の巨人打線には王貞治&長嶋茂雄の"ON砲"が君臨していて、そもそもスモールボール頼みのチームでもなかった。『ドジャースの戦法』も、実際に読んでみるとせいぜい「バントは僅差の試合の勝敗を左右し得る重要な要素」と書かれているにすぎない。

 さらに言えば、V9直後に球界全体で犠打が急増した、といった事実もない。送りバントが増え始めるのは80年代に入ってからであり、V9巨人が球界を席巻した時期からするとタイムラグがある。

 V9起源説と並んで有力とされているのが、「高校野球の影響説」だ。トーナメント方式で行われる日本の高校野球では、目先の1点をがむしゃらに取りにいくことを重要する指導者が多く、プロ野球以上に送りバントが多用されている。この精神性がプロにも影響している、というものだ。

 だが、この説にも疑義がある。夏の甲子園大会が始まったのは1915年で、高校野球はプロ野球誕生のはるか以前から人気コンテンツだった。だが、前述したようにプロ野球で犠打が増え始めるのは80年代に入ってから。もし高校野球の影響なのだとしたら、プロ野球創設直後には、すでに送りバントが多用されていなければおかしい。

 となれば、犠打が増え始めた本当の理由は一体何なのだろうか? また、作戦として効率的ではないこと証明されているにもかかわらず、今に至るまでバントが多用されているのはなぜなのだろうか? 有識者へのインタビューなどを通じ、これらの疑問についてさまざまな角度で解き明かしてみたい。【第2回に続く】

文●筒居一孝(SLUGGER編集部)