こんな話をしても最近の若いスポーツファンには信じられないかもしれないが、20世紀の終わり頃まで、スポーツというジャンルは世間から馬鹿にされていた。「世間で」が分かりづらいなら「マスコミの世界で」と言い変えてもいいだろう。新聞社やテレビ局では、政治部、経済部、社会部、外報部……といった部署に比べて、運動部はワンランク低いジャンルと見られていたのだ
テレビの報道でも、今から考えれば驚くほかない表現がいくつもあった。たとえば、1992年に西武ライオンズの森祇晶監督が6度目の日本シリーズ制覇を達成し、TBSの『ニュース23』に招かれた時のことだ。大物キャスターの筑紫哲也が森監督を次のように紹介した。
「この方は非常に頭脳明晰、大会社の社長も務まるほどの人物で、野球の監督にしておくのは惜しいくらいの方です……」
また、オリックス在籍当時のイチローが94年に史上初のシーズン200安打を記録した時にも、テレビ朝日の『ニュース・ステーション』(現在の『報道ステーション』)の久米宏からこう紹介されたことがある。
「今はウルグアイ・ラウンドの交渉で、外国の米の日本への輸入がどうなるか? 日本の米がどうなるか? その瀬戸際の時で野球どころじゃないのですが、大記録が生まれたらしいので、ちょっと野球の話を……」
おそらくキャスターたちは、それらの言葉が野球という素晴らしいスポーツと、それに携わっている素晴らしい監督や選手を、根拠なく貶める酷い言葉だとは気づいていなかったのだろう。「スポーツ選手はアタマも筋肉」という言葉が、冗談とも本気とも判然としないままはびこっていた頃の出来事だった。
だから80年4月に雑誌『Number』が創刊されたとき、創刊準備に関係していた私にとっては、少々残念な出来事もあった。
というのは、当時、雑誌記者として野球やボクシングや相撲の取材を行っていた私は、新聞、テレビ、ラジオなどによるスポーツ記者クラブに加わることができず、取材ごとにいちいいち申請書を書いて提出しなければならなかった。
申請の煩雑さにウンザリしていた私は、『Number』創刊をキッカケにに加盟することを希望した。……が、私の要望は軽く一蹴された。
「間違えちゃいけない。『Number』はスポーツ雑誌じゃない。スポーツを通して人間を描く“人間雑誌”なんだ」
それが編集長の意見で、副編集長にも同じことを何度も強く言われた。
テレビの報道でも、今から考えれば驚くほかない表現がいくつもあった。たとえば、1992年に西武ライオンズの森祇晶監督が6度目の日本シリーズ制覇を達成し、TBSの『ニュース23』に招かれた時のことだ。大物キャスターの筑紫哲也が森監督を次のように紹介した。
「この方は非常に頭脳明晰、大会社の社長も務まるほどの人物で、野球の監督にしておくのは惜しいくらいの方です……」
また、オリックス在籍当時のイチローが94年に史上初のシーズン200安打を記録した時にも、テレビ朝日の『ニュース・ステーション』(現在の『報道ステーション』)の久米宏からこう紹介されたことがある。
「今はウルグアイ・ラウンドの交渉で、外国の米の日本への輸入がどうなるか? 日本の米がどうなるか? その瀬戸際の時で野球どころじゃないのですが、大記録が生まれたらしいので、ちょっと野球の話を……」
おそらくキャスターたちは、それらの言葉が野球という素晴らしいスポーツと、それに携わっている素晴らしい監督や選手を、根拠なく貶める酷い言葉だとは気づいていなかったのだろう。「スポーツ選手はアタマも筋肉」という言葉が、冗談とも本気とも判然としないままはびこっていた頃の出来事だった。
だから80年4月に雑誌『Number』が創刊されたとき、創刊準備に関係していた私にとっては、少々残念な出来事もあった。
というのは、当時、雑誌記者として野球やボクシングや相撲の取材を行っていた私は、新聞、テレビ、ラジオなどによるスポーツ記者クラブに加わることができず、取材ごとにいちいいち申請書を書いて提出しなければならなかった。
申請の煩雑さにウンザリしていた私は、『Number』創刊をキッカケにに加盟することを希望した。……が、私の要望は軽く一蹴された。
「間違えちゃいけない。『Number』はスポーツ雑誌じゃない。スポーツを通して人間を描く“人間雑誌”なんだ」
それが編集長の意見で、副編集長にも同じことを何度も強く言われた。