聖光学院の斎藤監督には、選手との強烈な結びつきがある。入学してから選手たちを「立派な男にしてやる」と心技体において鍛え上げる。書籍を読み漁り、時に生き様などを伝える。野球を通じて人としてどう生きるのかなども体得したナインは3年間で一人前になって巣立っていく。
だからこそ、斎藤監督の選手に対する信頼は厚い。代打を出さなかったことも、8回裏の守備で疲れの見える大嶋を交代させなかったことも、選手との絶大な結びつきに懸けるところがあるのだ。
一方の山梨学院・吉田監督は勝利に徹する。県大会で活躍した檜垣をリリーフに回したこともそうだが、代わりに先発した菰田にしても7回に同点に追いつかれると、あっさりと交代させている。
「菰田は長くても7回までと思っていました。ノーヒットだったので、そこだけは気になりましたけど、7回が替え時かなと。彼は分かりやすいんです。打球が前に飛び出すともう限界。凡打でもファウルにならなくなってきたので、そこがポイントでした」
菰田の球数は80球だった。2年生で、今日のような試合展開を投げさせることも、選手を育てる上では必要なところである。しかし、それを吉田監督に問いかけると、こちらももっとも彼らしい言葉が返ってきた。
「菰田で勝とうと思ったらダメだと思っていました。というのも、菰田は公式戦、初先発なんですよ。2年生にとっては大変だと思います。完投できるとも思っていない」
一瞬、シビアなコメントにも聞こえるが、そこに冷酷さは感じない。「菰田は見ているだけで楽しみな選手。性格もいいし、一生懸命やるし、ワイルドピッチをしても怒ろうなんて気持ちになれない」と言うほど、愛情にあふれている。
勝負に徹していても、吉田監督にも選手に対する愛情や信頼はある。しかし、そこと采配とは別と考えるところが両者の違いと言えるかもしれない。
「8回裏の時点で1点差。新たな投手を投入するよりも、大嶋の方がまだ抑えられる可能性が高い。監督はそう信じていたと思いますし、うちはそういう戦いをしてきましたからね」
名参謀として知られる聖光学院の横山博英部長はそう説明した。信頼を重視する采配は聖光学院らしさとも言えた。
試合展開と選手への信頼とを天秤にかけ、指揮官の采配はその狭間で揺れるものだ。
指揮官は誰しも、選手への愛情がある。だが、采配は別物。甲子園常連校同士の対決は、そのように考えた山梨学院の方に軍配が上がった。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
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