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プロ野球

【セ・リーグ80年代ベストナイン】多彩な人材がそろう“群雄割拠の時代”。一塁はバース、原、掛布、衣笠…役者揃いの三塁は?

筒居一孝(SLUGGER編集部)

2020.12.13

 また、二塁と三塁では、ライバル球団の巨人と阪神にそれぞれ強力な候補が存在した。二塁は首位打者2度の篠塚と、10年間で207本塁打を放った岡田彰布(阪神)の争いとなった。ただし岡田は、35本塁打&OPS1.057と大爆発した85年以外の年はおおむね打率2割7分前後、本塁打も20本前後にとどまっている。首位打者2度、ゴールデングラブも4度(岡田は1度だけ)獲得するなど、攻守で安定した活躍を続けた篠塚に軍配を上げた。打撃では2人一歩譲るため最終候補とまではならなかったが、“スーパーカートリオ”の筆頭として活躍した高木豊(大洋)も、ディケイド8位の230盗塁、打率3割も5度とハイレベルな成績を残している。

 三塁には掛布と原辰徳(巨人)の両雄が君臨。原は1年目の81年から常に安定した成績を残し、83年には打点を獲得してMVPにも選ばれている。一方の掛布は本塁打王を2度獲得し、最高出塁率も3度。原が一度も記録していないOPS1.000以上も2度(82年と85年)記録している。86年に手首に死球を受けてからは急激に成績を落としたが、中身の濃さを評価して掛布を選んだ。また、現役生活の後半に差し掛かっていたが、それでも85年まで毎年30本塁打前後をコンスタントに打ち続け、87年には2215試合連続出場の日本記録を達成した衣笠祥雄(広島)の“鉄人”ぶりも特筆しておくべきだろう。

 遊撃には高橋の他、84年に遊撃手史上唯一の本塁打王を獲得した宇野勝(中日)も有力候補だった。とはいえ、高橋はディケイド最多の380盗塁を記録したのに加え、83~86年には4年連続20本塁打以上とパンチ力も備えていた。走塁や守備での確実性から言っても、ここは高橋だろう。

 内野で唯一すんなり決まったのが一塁。バースが日本球界に在籍したのは5年間だけだったが、その間に三冠王2度(85、86年)、日本記録のシーズン打率.389(86年)と密度があまりにも濃く、他に対抗できる候補もいなかった。
 
 外野手も候補は多かったが、その中でトップ3となればおおむね決まってくる。この時期の山本はキャリアとしては後半に当たるが、それでも80~81年と83年と3度も本塁打王を獲得。OPSリーグトップを記録したことも3回あり、晩年までリーグ屈指の強打者として活躍を続けた。“巨人軍史上最高の助っ人”として知られるクロマティも、30本塁打以上が3度、打率3割以上が5度と超高水準の成績。打率4割に迫り、MVPに選ばれた89年の活躍も忘れ難い。“史上最強の1番打者”真弓も、ディケイド7位の225本塁打に加えて守備・走塁もレベルが高かった。シーズン60盗塁以上を2度記録した“青い稲妻”松本匡史(巨人)など一芸に秀でた選手は他にもいたが、やはり総合力ではこの3人に軍配が上がる。

 先発投手では、質量ともに北別府の素晴らしさが光る。80年代の総投球回数は2021.2回で、両リーグ唯一の2000越え。137勝も同じく最多で、まさに自分の力でチームを勝たせてきた投手である。最高の“先発完投型投手”に与えられる沢村賞を、82年と86年に2度受賞しているのもその裏付けだ。

 また、遠藤は弱小球団の大洋に所属していたこともあって勝ち星は伸びなかったが、ディケイド4位の1826.1回を投げてフォークを武器に最多の1357三振を奪った。80年代後半には“100球肩”などと揶揄される江川も、81年には最多勝・最高勝率・最多奪三振・最優秀防御率とタイトルを総なめにした上、20完投と7完封もリーグトップと活躍した。

 最も苦労したのが抑え投手の選考。今と違って数年で配置転換される投手が多く、かつセーブが付かない場面でもピンチになれば登板というケースも多く、単純なセーブ数の多さだけでは評価が難しかった。80年代の通算セーブ数最多は129の斉藤明夫(大洋)だが、ここではあえて“最高瞬間風速”を重視。88年に当時史上最高記録の37セーブを挙げ、かつ111イニングに投げて防御率1.95と気迫の投球でチームをリーグ優勝へ導いてMVPも受賞した郭を選んだ。この時代は他にも“炎のストッパー”津田恒美(広島)や、左サイドハンドからの変則投球で活躍した角盈男(巨人)ら個性派リリーバーが多かった。

文●筒居一孝(SLUGGER編集部)
 

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