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プロ野球

【プロ野球トレード収支の大検証:第2回】“ミスター・タイガース”田淵と引き換えに、西武から“史上最強の1番”真弓を得た阪神のマル得トレード

出野哲也

2021.01.01

<阪神>真弓だけでなく若菜、竹之内も活躍
 阪神へ移った4人のうち、竹田は2年間で7試合に登板しただけで退団したが、他の3選手はみな貴重な戦力となった。中でも腰痛を抱える藤田平の後継者として、ブレイザーが直々に指名した真弓は球団史に残る名選手となった。

 移籍1年目こそPV2.6にとどまったが、80年には遊撃のリーグ新記録(当時)となる29本塁打を放ち、PV38.5はリーグ4位。さらに83年は.353の高打率で首位打者となり、PV47.8はトップだった。実力に加えて甘いマスクの持ち主とあって、ミスター・タイガースの掛布雅之に匹敵する人気選手となった。

 外野へコンバートされた85年は、1番打者ながら34本塁打を放ち、日本一に大いに貢献。91年までレギュラーをつとめ、その後は代打の切り札として41歳まで現役を続けた。阪神での17年間で、通算PVは248.0。これほどの名選手に成長するとは、獲得した時には思いもよらなかっただろう。
 
 若菜も移籍1年目に打率.303、9本塁打でPV15.9。前年の田淵に比べれば見劣りするが、捕手としては充分な成績。何より、太り過ぎて守備の動きが悪くなっていた田淵とは見違える機敏さだった。竹之内も79年は打率.282、25本塁打でPV17.4。79年の真弓・若菜・竹之内の合計PVは35.9で、田淵と古沢が記録した-14.7を大きく上回った。その後もPVの収支は、阪神移籍組が毎年リードしていた。

 竹之内は82年途中引退、若菜も球団とのトラブルにより同年限りで退団したが、真弓は田淵の引退後も11年にわたって現役を続け、91年までPVがマイナスの年はなかった。田淵を失ったマイナス面より、真弓を取ったプラス面の方がはるかに大きい、阪神にとって大成功のトレードだった。
 
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