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MLB

ステロイド問題の過ちが再び繰り返されるのか――MLBを揺るがす“不正投球”問題の本質【後編】<SLUGGER> 

出野哲也

2021.06.08

 なお、審判もルール上は自らの判断で検査できるのだが、実際には要請がない限り行動を起こさない。こうした風潮も、投手たちが安心して不正に手を染められる状況を増長させてきた背景の一つである。しかし不利益を被る打者の鬱憤は溜まる一方であり、『SI』の記事が決定打となって一気に噴出したというわけだ。

 実は、『SI』は以前にも球界全体を揺るがす告発記事を掲載したことがある。筋肉増強効果のあるステロイドを筆頭とする、いわゆるパフォーマンス向上薬物(PED)を巡る問題だ。90年代から2000年代前半にかけて広く蔓延し、極端な打撃上位――バリー・ボンズの年間70本塁打(01年)など――をもたらしたことで、この時代は「ステロイド時代」とまで呼ばれるようになった。

 この時も、PEDの蔓延自体は前から囁かれていたにもかかわらず、MLB機構がほとんど野放しにしていたせいで問題が深刻化し、結果的に球界が信用を回復するまでに長い時間を要した。

 今回の記事も「新たなるステロイド――スポーツ界最大のスキャンダル」との題名が付されている。ステロイドと同様に、漫然と放置したままでは、ただでさえ野球人気の低下が囁かれている現状に、2つの面で追い打ちをかけかねない。
 
 一つは「三振かホームランか」でアクションが少ないと言われる現状に拍車がかかり、試合そのものの面白さが損なわれること。そして、それ以上に懸念されるのが、ゲームの公平性に傷がつくことだ。ダルビッシュに疑惑がかけられたように、こちらも「魔球」と化している大谷翔平(エンジェルス)のスプリッターなどにも不審の目が向けられるかもしれない。努力と研鑽を積んで身につけた技術をイカサマ扱いされては、真面目に取り組んでいる選手にとってはたまったものではない。

 今後新たな指針が実施されたとしても、バウアーが言ったように取り締まりが難しいとなれば、“スティッキー・スタッフ”が根絶できるとは考えにくい。最初からコーティングが施されていて滑りにくい日本や韓国のボールを使えば解決するかもしれないが、公式球を供給しているローリングス社との関係があるのですぐには実現しそうもない。

 逆に、ステロイドと違って選手に直接的な健康被害がないのだから、いっそ合法化すればいいとの意見もある。けれどもその場合、投高打低の状況が常態化するだろうから、これも好ましくはない。結局は投手たち自身の良心を当てにするしかないのだろうか。

 文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。
 

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