▼セパ格差を見せつけた“日本ハム無双”
10年代以降、交流戦では長年パが優勢の状態が続き、「セ・パ格差」が叫ばれるようになった。とりわけ記憶に残るのが11年の日本ハム。セ・リーグ相手に格の違いを見せつけたのである。
5月28日の広島戦では、延長11回の死闘の末に1対0でサヨナラ勝ち。5投手の継投で広島打線を抑え込んでの勝利だった。また、翌日は広島のエース、前田健太(現ツインズ)を向こうに回してやはり1対0で連勝した。
31日の阪神戦では6安打で5点をもぎ取る効率的な攻撃で勝利。翌日の同カードではダルビッシュ有(現パドレス)が圧巻の完封勝ちを収め、これで4試合連続完封となった。
そして、6月3日のヤクルト戦では3番の糸井嘉男(現阪神)が2本塁打を放つなど打線が爆発。14安打9得点を積み上げるとともに、7回4安打無失点の好投を見せた先発のケッペルをはじめ、3投手の継投で圧巻の5試合連続完封で完勝した。連続無失点イニングは、5月26日の中日戦の6回から6月4日のヤクルト戦2回まで、実に52イニング。1942年の阪神と並ぶプロ野球タイ記録となった。
一方この年、広島は5月28~29日の日本ハム戦に続き、楽天にも2試合連続完封負け。5月26日の西武戦から6月3日にかけて、セ・リーグ史上ワーストとなる50イニング連続無得点の不名誉記録を樹立してしまった。
▼投手としては完封、でも打者としては……
05年5月8日、横浜(現DeNA)対ロッテ戦。この日、投打で好対照なパフォーマンスを見せたのが、ロッテ先発の渡辺俊介だ。初回先頭の石井琢朗に四球を与えたが、その後は4回まで10者連続凡退。7安打を打たれながらも三塁は踏ませない粘り強いピッチングで、9回109球で横浜打線を完封した。
この日のロッテは打線も横浜投手陣を徹底的に打ち込み、実に18得点。しかし、ただ一人蚊帳の外だったのが渡辺だった。第1打席から第5打席まですべて三振。なまじ打線が爆発して打席が多く回ってきたために、1試合5三振のプロ野球ワーストタイ記録を樹立してしまった。
すると翌週には、日曜朝の某ニュース番組では完封したのに「喝!」を入れられる始末。完璧なピッチングにあまりにも大きなケチがついてしまった。
文●筒居一孝(SLUGGER編集部)
10年代以降、交流戦では長年パが優勢の状態が続き、「セ・パ格差」が叫ばれるようになった。とりわけ記憶に残るのが11年の日本ハム。セ・リーグ相手に格の違いを見せつけたのである。
5月28日の広島戦では、延長11回の死闘の末に1対0でサヨナラ勝ち。5投手の継投で広島打線を抑え込んでの勝利だった。また、翌日は広島のエース、前田健太(現ツインズ)を向こうに回してやはり1対0で連勝した。
31日の阪神戦では6安打で5点をもぎ取る効率的な攻撃で勝利。翌日の同カードではダルビッシュ有(現パドレス)が圧巻の完封勝ちを収め、これで4試合連続完封となった。
そして、6月3日のヤクルト戦では3番の糸井嘉男(現阪神)が2本塁打を放つなど打線が爆発。14安打9得点を積み上げるとともに、7回4安打無失点の好投を見せた先発のケッペルをはじめ、3投手の継投で圧巻の5試合連続完封で完勝した。連続無失点イニングは、5月26日の中日戦の6回から6月4日のヤクルト戦2回まで、実に52イニング。1942年の阪神と並ぶプロ野球タイ記録となった。
一方この年、広島は5月28~29日の日本ハム戦に続き、楽天にも2試合連続完封負け。5月26日の西武戦から6月3日にかけて、セ・リーグ史上ワーストとなる50イニング連続無得点の不名誉記録を樹立してしまった。
▼投手としては完封、でも打者としては……
05年5月8日、横浜(現DeNA)対ロッテ戦。この日、投打で好対照なパフォーマンスを見せたのが、ロッテ先発の渡辺俊介だ。初回先頭の石井琢朗に四球を与えたが、その後は4回まで10者連続凡退。7安打を打たれながらも三塁は踏ませない粘り強いピッチングで、9回109球で横浜打線を完封した。
この日のロッテは打線も横浜投手陣を徹底的に打ち込み、実に18得点。しかし、ただ一人蚊帳の外だったのが渡辺だった。第1打席から第5打席まですべて三振。なまじ打線が爆発して打席が多く回ってきたために、1試合5三振のプロ野球ワーストタイ記録を樹立してしまった。
すると翌週には、日曜朝の某ニュース番組では完封したのに「喝!」を入れられる始末。完璧なピッチングにあまりにも大きなケチがついてしまった。
文●筒居一孝(SLUGGER編集部)