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プロ野球

「ガイジンに王の記録を破らせるな」―シーズン55号本塁打の聖域をめぐる“負の歴史”<SLUGGER>

筒居一孝(SLUGGER編集部)

2022.09.25

 迎えた138試合目は、ダイエー(現ソフトバンク)戦。この時、ダイエーの指揮を執っていたのも王だった。先発の田之上慶三郎は、第1、第2打席は連続四球。その後の打席でもストライクゾーンには頑なに投げず、結局この日、全18球でストライクは2球だけ。ローズが無理矢理ボール球を打って凡退する場面もあった。

 しかも、ダイエーの若菜嘉晴バッテリーコーチは「外国人に抜かれるのは嫌だ。王さんは記録に残らなければならない人」と、人種差別とも取られかねない理由で意図的に勝負を避けたことを明言する始末。これを受け、川島廣守コミッショナー(当時)から「(ボール攻めは)好ましくない」と異例の通達が出されたことで、その後は勝負を避けられることはなくなったが、ローズは残り2試合とも本塁打を打てず。新記録は幻に終わった。

 そして翌01年、今度はアレックス・カブレラ(西武)が記録に挑んだ。カブレラが55号を放ったのも、ローズと同じ135試合目だった。そしてその直後、カブレラも王監督率いるダイエーと対戦し、やはり徹底的なボール攻めに遭った。5打席で3四死球。カブレラは試合後、「彼らはプロじゃない」と怒りを露わにした。ダイエーとの対戦はこの1試合だけだったが、これでバッティングを狂わされたのか、カブレラは残り4試合でも快音が出ずに、ローズと同様に55本のタイ記録で終わった。
 
 バース、ローズ、カブレラはの3人はすべて外国人選手だったことは決して偶然ではない。当時は「王の記録をガイジンに破らせるな」という意識がそれほど強かったのだ。だが、なりふり構わぬボール攻めが、結果として王の記録に泥を塗った面は否めない。たとえ記録が更新されようとも、王の偉大さが損なわれることはない――球界がそれを自覚するのは、13年のバレンティンまで待たねばならなかった。

 バレンティンの本塁打量産ペースは圧倒的で、9月11日の広島戦で55号に到達。この時点でまだ22試合も残っていた。その後3試合は一発が出なかったが、四球は2つのみ。安打も2本放っており、露骨に勝負を避けられるようなことはなかった。

 9月15日、本拠地神宮での阪神戦で、バレンティンは第1打席で56号、第2打席で57号を放って一気に王を抜き去った。もはや些細な妨害で記録更新を防げるような領域ではなかったということだろう。世間も記録更新を祝福する声が圧倒的で、王の記録を過剰に神聖視する風潮もほとんどなかった。

 今季の村上も、誰もが祝福する中で56号に迫っている。だが、輝かしい本塁打記録の裏に、かつては負の歴史があったことも忘れてはいけない。

文●筒居一孝(SLUGGER編集部)
 
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