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プロ野球

凶夢に、円形脱毛症…。極度の不振による地獄の日々と葛藤した藤浪晋太郎。それでも折れなかった心「もっとうまくなりたい」

チャリコ遠藤

2023.01.17

同世代で何かと比較される大谷(左)と同地区のライバルに移籍する藤浪(右)。当然、この両雄の対決にも注目が集まる。(C)Getty Images、(C)THE DIGEST

同世代で何かと比較される大谷(左)と同地区のライバルに移籍する藤浪(右)。当然、この両雄の対決にも注目が集まる。(C)Getty Images、(C)THE DIGEST

 試行錯誤と言えば簡単だが、「リリースの感覚がないんですよね」と打ち明けたこともあり、悩みは相当に深かった。

 それでも「挫折」という言葉に藤浪は強く首を振る。

「確かに苦しい時も長かったですけど、野球をやめたいとは一度も思わなかった。やっぱりもっと野球をうまくなりたい、という気持ちはずっとあるので。挫折とかもなかったです」

 もどかしい日々は身体にも影響を及ぼした。極度のストレスによる円形脱毛症、さらに不安や焦燥感から「凶夢」も数え切れないほど見た。「夢の中で物を食べていたら自分の歯がぐらぐらしてきて。口の中が歯の破片だらけになって目が覚めるんですよ」。時に誰かに追われ、絶叫して飛び起きることもあったという。

 人知れず地獄を味わってきた。ただ、その数年間で得たものも確かにあった。

 1軍でわずか1試合の登板に終わった19年。藤浪にとって唯一のマウンドとなった8月1日の中日戦は今も忘れない。

 まだコロナ禍前であったため、球場で名前がコールされてマウンドに向かった背番号19には幾多の声援が降り注いだ。
 
「あの試合は、すごい声援をもらえたんですよね。こんな成績なのにまだ応援してもらえる。自分の中でいろいろ意識が変わった瞬間でした」

 この頃から藤浪は「誰かのために」「ファンに喜んでもらうために」と苦しみながらも投げ続ける理由を口にするようになった。これは順風満帆にタイガースでエースへと上り詰めていれば、気づけなかったことなのかもしれない。

 阪神にポスティングでのメジャー挑戦の意思を伝えたのは昨年のオフだ。当然、不振から脱して完全復活を遂げた姿でアメリカへ行くのが理想だったが、昨季成績は16試合の登板で3勝5敗と負け越し。「海外FA権を取って自分の力でいくのがベスト。タイガースで良い成績を残して、タイガースを優勝させて行くことが一番だったと思うんですけど」と当人からも複雑な心境も見え隠れした。

 ただ、今年4月で29歳になり、ここからは年々夢の舞台へと繋がる道は狭まっていく。そうした状況を理解し、昨季の終了後に本人の気持ちを確認した阪神のフロントも夢を諦めさせるのではなく“頑張ってこい”と背中を押した。

 メジャーに移籍できたからと言っても、藤浪の立場は数年の阪神での状況と変わらず、安泰ではない。アスレティックスでもスプリングトレーニングから激しい競争が待ち受ける。勝負をかける先発ローテは、現時点でも10人以上もの候補と居場所を取り合う。

 結果を残せなければ、マイナー降格、あるいは戦力外という現実も待つ。まさに1年勝負で、日本よりシビアな生存競争にさらされる。藤浪も「異国の地にいくわけなので、文化も違うし、野球も違う。やっていけるのかなという意味で不安はある」と漏らしている。

 しかし、過酷な環境でこそ、決して平坦でなかった阪神での経験が活きるのではないか。

 人として強くなって海を渡る――。この10年が「メジャーリーガー・藤浪晋太郎」にとってどんな意味を持つのか。答え合わせはもう少し先だ。

取材・文●チャリコ遠藤

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