▼「カミさんは怖いよ」事件
今井雄太郎という投手がいる。78年には史上14人目の完全試合を達成した阪急黄金時代のエースだが、彼はものすごく人のいいことでも知られていた。そのため契約更改の時はいつも球団側に押しまくられ、なかなか給料が上がらない。
このことに業を煮やした夫人は、夫が最多勝のタイトルを獲得した81年オフ、ついに対策に乗り出した。今井の手のひらにマジックで金額を書き入れ、「この金額より下はうんと言ったらダメ!」と厳命して送り出したのだ。
さて、いざ球団事務所で契約更改に臨んだ今井。文字通り手に汗握る交渉が白熱してきて、夫人のお達しを守るべく手のひらを見たところ、なんと汗で書かれた金額が全部流れてしまっていた。記憶をたどってみても果たしていくらだったかとんと思い出せず、結局球団に言われるままの金額で契約したという。
そしてその3年後の84年。2度目の最多勝に加えて最優秀防御率の二冠に輝いた今井は、前年の2200万円から1800万増の4000万で一発更改。交渉を終えて笑顔で報道陣と話していた今井の顔が突如青ざめた。
「カミさんから、4500万にいかなんだら判を押したらアカンて言われてたんや……どないしよう……」
しかし、いくら泣いても今さら後の祭り。天下のプロ野球選手でも奥さんは怖いのだった
2006年12月5日。この日、第1回目の交渉を終えて会見に臨んだ関本健太郎(阪神)が、突如号泣した。
この年は不振の今岡誠に代わって三塁のレギュラーに定着。打率や本塁打でキャリアハイを記録し、給料アップは確実だといわれていた関本が、なぜ号泣したのか……?
答えは「交渉の席で球団幹部があくびをしたから」。金額自体は1000万増の4000万だったが、それよりも「1年間命がけでやってきたのに、年1回の交渉であくびをされたのがすごく情けなかった」という。この事件は予想以上に大きな反響を呼び、関本自身も「感情的になってしまった」と反省した。
しかし、3週間後の26日に2回目の交渉を終えた関本は満面の笑み。提示額は前回よりもさらに1000万アップの5000万円で、関本も快くサイン。提示額が一気に上がったことで報道陣は「“あくび”の慰謝料ですか?」と尋ねたというが、球団担当者は否定している。
文●筒居一孝(スラッガー編集部)