その夜遅く、エイデンハートは友人の運転する自動車に乗り、ダンスクラブへ向かった。その途中、エンジェル・スタジアムからほんの数マイル離れた交差点で、信号無視のミニバンが猛スピードで彼らの車に激突。同乗していた友人のうち2人は即死、1人は重傷を負い、エイデンハートも搬送された病院で死亡が確認された。
事故を起こした車はその場から逃走したが、30分後に逮捕された。運転手はエイデンハートと同じ22歳の男。飲酒運転による免許停止中の身でありながら、その体内からは基準の3倍のアルコールが検出された。こんなろくでなしの無謀な行動によって、3つの若い命が無残にも奪われたのである。
「決して忘れることのできない悲劇だ」とエンジェルスのマイク・ソーシア監督は言葉を絞り出し、エイデンハートの代理人スコット・ボラスは記者会見で大粒の涙を流した。彼は事故の1時間前まで、エイデンハート親子と球場で話をしていたのだ。エンジェルスはシーズン中、ダグアウトにエイデンハートのユニフォームを飾り、選手たちは喪章と背番号34のパッチをユニフォームにつけて戦った。 エンジェル・スタジアムの彼のロッカーには誰も手をつけず、遠征時もエイデンハートのためにロッカーがわざわざ用意された。地区優勝を決めたときには、彼のユニフォームにもシャンパンが浴びせられた。「俺たちは彼のため、彼の家族のために戦ったんだ。きっと彼も天から俺たちを祝ってくれているよ」(投手のジョー・ソーンダース)。
エイデンハートの名は、今もエンジェルスの年間最優秀投手賞として残っている。21年と22年には大谷翔平が同賞に選ばれた。故郷のメリーランド州ヘイガーズタウンでは、リトルリーグ用グラウンドに彼の名が冠せられている。また、最多勝に2度輝くなどエンジェルスで通算150勝を挙げたジェレッド・ウィーバーは第一子に「エイデン」と名付けた。
エイデンハートの背番号34もずっと事実上の欠番になっていたが、昨年加入したノア・シンダーガード(現ドジャース)が、13年ぶりにエイデンハートの遺族の許可を得て甦らせた。エンジェルスでのシンダーガードの初登板は、エイデンハートの命日である4月9日。5.1回を無失点で勝利投手となり「ノーラン・ライアンのファンで34番をつけ続けてきたが、今は別の意味を持つ番号になった」と語った。
「一緒にいて楽しい男だった。何もせずとも、周りに自然と人が集まっているような人間だった」と元同僚のケビン・ジェプセンは言う。アスリートとしても、一人の人間としても豊かな資質に恵まれていたエイデンハートは、悲劇に見舞われなかったらどのような人生を送っていたのだろうか。
文●出野哲也
【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『メジャー・リーグ球団史』『プロ野球ドラフト総検証1965-』(いずれも言視舎)。
事故を起こした車はその場から逃走したが、30分後に逮捕された。運転手はエイデンハートと同じ22歳の男。飲酒運転による免許停止中の身でありながら、その体内からは基準の3倍のアルコールが検出された。こんなろくでなしの無謀な行動によって、3つの若い命が無残にも奪われたのである。
「決して忘れることのできない悲劇だ」とエンジェルスのマイク・ソーシア監督は言葉を絞り出し、エイデンハートの代理人スコット・ボラスは記者会見で大粒の涙を流した。彼は事故の1時間前まで、エイデンハート親子と球場で話をしていたのだ。エンジェルスはシーズン中、ダグアウトにエイデンハートのユニフォームを飾り、選手たちは喪章と背番号34のパッチをユニフォームにつけて戦った。 エンジェル・スタジアムの彼のロッカーには誰も手をつけず、遠征時もエイデンハートのためにロッカーがわざわざ用意された。地区優勝を決めたときには、彼のユニフォームにもシャンパンが浴びせられた。「俺たちは彼のため、彼の家族のために戦ったんだ。きっと彼も天から俺たちを祝ってくれているよ」(投手のジョー・ソーンダース)。
エイデンハートの名は、今もエンジェルスの年間最優秀投手賞として残っている。21年と22年には大谷翔平が同賞に選ばれた。故郷のメリーランド州ヘイガーズタウンでは、リトルリーグ用グラウンドに彼の名が冠せられている。また、最多勝に2度輝くなどエンジェルスで通算150勝を挙げたジェレッド・ウィーバーは第一子に「エイデン」と名付けた。
エイデンハートの背番号34もずっと事実上の欠番になっていたが、昨年加入したノア・シンダーガード(現ドジャース)が、13年ぶりにエイデンハートの遺族の許可を得て甦らせた。エンジェルスでのシンダーガードの初登板は、エイデンハートの命日である4月9日。5.1回を無失点で勝利投手となり「ノーラン・ライアンのファンで34番をつけ続けてきたが、今は別の意味を持つ番号になった」と語った。
「一緒にいて楽しい男だった。何もせずとも、周りに自然と人が集まっているような人間だった」と元同僚のケビン・ジェプセンは言う。アスリートとしても、一人の人間としても豊かな資質に恵まれていたエイデンハートは、悲劇に見舞われなかったらどのような人生を送っていたのだろうか。
文●出野哲也
【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『メジャー・リーグ球団史』『プロ野球ドラフト総検証1965-』(いずれも言視舎)。
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