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高校野球

「フライ=悪」ではない。セオリーとは一線を画す慶応の“マインド”が勝利を呼び込んだ【氏原英明が見た甲子園:第10日】<SLUGGER>

氏原英明

2023.08.17

 しかし、ここで考えるべきは真鍋の失敗ではなく、両者の普段からのマインドではないか。

 この日、タイムリーを含む3安打を放った広陵の9番・松下は言う。

「昨年の秋から春もそうだったんですが、フライアウトが多いというのがチームの課題だったので、チーム全員で低い打球を意識してきました。僕は常にピッチャーの足元を目掛けてバッティング練習しているので、甲子園でも変わらず低い打球を意識していました」

 高校野球では、チャンスなどでフライを打ち上げると「なぜしっかりつながないんだ」と言われることが常で、広陵のような洗練されたチームはその考えがしっかり浸透している。真鍋のバントはそうしたマインドの中で生まれたものだろう。

 一方、慶応はどうか。森林貴彦監督は言う。

「ゴロでは長打にはならないですから。あの速い球をバット7センチで捉えるというのは簡単ではない。結果がフライになったからといって、それを責めてしまうとバッティングなんてできないと思う。結果を責めることはしないですが、ただ、待ち球が何だったか、どういう意識で打ったのかは検証するようにはしています。ゴロを打たせに行くということはしないです」

 タイブレークの10回表、慶応は相手の失策で1点をもぎ取った直後、4番の加藤はセカンドへのフライを打ち上げた。

 チャンスでの凡フライは決して褒められたものでないかもしれない。しかし、次の延末が当たっていたこと、併殺打になってしまうと相手に流れがいくことを考えれば、フライアウトもそれほど悪い結果ではない。犠牲フライを狙った結果だとしたらなおさらだ。
 慶応の主将・大村昊澄はチームに浸透しているマインドについてこう語る。

「凡打の結果というよりは、打つべきボールを打ちにいっての凡打なのか、振らなきゃ良かったのを振っての凡打なのかというのを僕たちは意識しています。捉えられるか捉えられないかは紙一重の世界。自分たちが打つべきボールを決めて打席に立っているので、それを実際できたかどうかを森林さんは評価してくださっていると思います。『ゴロを打ってはいけない場面では低めの変化球を打っちゃダメだよね』とか。『それを目指してゴロを打ってしまった時はしょうがないよね』って考え方をしています」

 フライを打つことが必ずしも悪いわけではない。慶応は「自分たちの狙いをどこまで明確にできていたか」というプロセスを重視していた。だから、4番が凡フライに倒れても意気消沈することもなかったし、その姿勢が延末のタイムリーにつながったのではないだろうか。

 殊勲の延末は話す。

「フライを打ち上げようとは思っていなくて、しっかりレベルスウィングで入っていって、ボールをバットに乗せるというイメージで打ちました。あとは試合の中で振れていないと思ったら叩きに行きますし、逆に、変化球を拾いたいなと思う時はちょっと下から行きます。そこは自分の感覚でやっています。フライが上がっても監督から言われることはないです」

 高校野球の「常識」を覆す指導法が話題を集めている森林監督。オーソドックスなセオリーとは一線を画すマインド がチームに浸透していることが、今日の勝利を呼び込んだと言えるのかもしれない。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『SLUGGER』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
 
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