しかし、データ分析の観点から言うならば、「得失点差のわりに勝てている」ことを監督の手柄と考えるべきではない。NPBの過去のシーズンを遡ると、得失点差と勝率は基本的に比例関係にある。得失点差が大きくなるほど勝率は高くなるのが原則だ。左図のプロットが左下から右上に直線の形を描いているのはその証左である。
もし得失点差のわりに多く勝てるチームが一定数あるのであれば、グラフの赤い円で囲んだあたりにより多くプロットが集まるはずだ。しかし実際にはそうはなってはいない。
歴代名監督の数字を見ても、やはりこの原則から外れるわけではない。例えばプロ野球史に残る名将である野村克也監督が率いた黄金期のヤクルトの例を見てみよう。野村ヤクルトの戦績を見ると、勝率6割以上で優勝を遂げた1993年、1995年、1997年の優勝はいずれも得失点差も100以上と圧倒的な数字を残している。野村監督でも強かったシーズンはやはり得失点差の面で優れていたのだ。
そして、得失点差が平凡なシーズンは、やはり勝率も平凡な結果に終わっている。得失点差がマイナスで5割以上の勝率を記録したシーズンはない。誰もが認める名将でさえ、得失点差が示す以上の勝率をもたらすことは難しいのだ。
だが、実際に得失点差のわりに多く勝ったチームもある。もし、それが監督のスキルによるものであれば、そのチームは継続して得失点差以上の勝利を積み重ねているはずだ。
近年、得失点差のわりに良い戦績を収めた最も代表的な例が、与田剛監督が率いた2020年の中日である。この年の中日は勝率.522を記録し、8年ぶりのAクラスに返り咲いたが、得失点差は-60。なぜこの状況で貯金を作れたかというと、この年の中日は2点差以内の試合で30勝11敗5分と、接戦に驚異的な強さを発揮していたからだ。
与田監督は21年もチームを率い、前年とほぼ同じ得失点差-73のシーズンを送っている。もし得失点差が示す以上にチームを勝たせる能力が監督に依存しているのであれば、前年と同じような勝率を記録しそうなものである。しかし、この年の中日は勝率.437。前年に比べ1割近く勝率を落としてしまった。前年に得意とした接戦ゲームも26勝34敗17分。継続して接戦の強さを発揮することはできなかった。
では、なぜ監督がこの部分に関わることが難しいのだろうか。それは、そもそも監督が担えるのは「与えられた得失点差の中で多く勝つこと」ではなく、「与えられた戦力の中で得失点差を最大化すること」だからだ。監督の主な仕事である起用選手や作戦の決定は、得失点差を最大化できるかどうかに大きく影響する。例えば、重要な場面でエンドランを決められたかどうかといった采配は、得失点差の大きさに直接影響する。少ない得失点差の中で勝つことについて、そもそも監督はそれほど関与できないのだ。
新井監督率いる広島が戦前の予想よりもかなりうまくいっているのは確かだ。ただ、得失点差以上に勝てていることを新井監督の手柄と考えるべきではない。監督の評価は得失点差と勝率との関係以外の部分で行うべきだ。
(※1)データは9月10日終了時点
文●DELTA(@Deltagraphs/https://deltagraphs.co.jp/)
【著者プロフィール】
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する『1.02 Essence of Baseball』の運営、メールマガジン『1.02 Weekly Report』などを通じ野球界への提言を行っている。
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もし得失点差のわりに多く勝てるチームが一定数あるのであれば、グラフの赤い円で囲んだあたりにより多くプロットが集まるはずだ。しかし実際にはそうはなってはいない。
歴代名監督の数字を見ても、やはりこの原則から外れるわけではない。例えばプロ野球史に残る名将である野村克也監督が率いた黄金期のヤクルトの例を見てみよう。野村ヤクルトの戦績を見ると、勝率6割以上で優勝を遂げた1993年、1995年、1997年の優勝はいずれも得失点差も100以上と圧倒的な数字を残している。野村監督でも強かったシーズンはやはり得失点差の面で優れていたのだ。
そして、得失点差が平凡なシーズンは、やはり勝率も平凡な結果に終わっている。得失点差がマイナスで5割以上の勝率を記録したシーズンはない。誰もが認める名将でさえ、得失点差が示す以上の勝率をもたらすことは難しいのだ。
だが、実際に得失点差のわりに多く勝ったチームもある。もし、それが監督のスキルによるものであれば、そのチームは継続して得失点差以上の勝利を積み重ねているはずだ。
近年、得失点差のわりに良い戦績を収めた最も代表的な例が、与田剛監督が率いた2020年の中日である。この年の中日は勝率.522を記録し、8年ぶりのAクラスに返り咲いたが、得失点差は-60。なぜこの状況で貯金を作れたかというと、この年の中日は2点差以内の試合で30勝11敗5分と、接戦に驚異的な強さを発揮していたからだ。
与田監督は21年もチームを率い、前年とほぼ同じ得失点差-73のシーズンを送っている。もし得失点差が示す以上にチームを勝たせる能力が監督に依存しているのであれば、前年と同じような勝率を記録しそうなものである。しかし、この年の中日は勝率.437。前年に比べ1割近く勝率を落としてしまった。前年に得意とした接戦ゲームも26勝34敗17分。継続して接戦の強さを発揮することはできなかった。
では、なぜ監督がこの部分に関わることが難しいのだろうか。それは、そもそも監督が担えるのは「与えられた得失点差の中で多く勝つこと」ではなく、「与えられた戦力の中で得失点差を最大化すること」だからだ。監督の主な仕事である起用選手や作戦の決定は、得失点差を最大化できるかどうかに大きく影響する。例えば、重要な場面でエンドランを決められたかどうかといった采配は、得失点差の大きさに直接影響する。少ない得失点差の中で勝つことについて、そもそも監督はそれほど関与できないのだ。
新井監督率いる広島が戦前の予想よりもかなりうまくいっているのは確かだ。ただ、得失点差以上に勝てていることを新井監督の手柄と考えるべきではない。監督の評価は得失点差と勝率との関係以外の部分で行うべきだ。
(※1)データは9月10日終了時点
文●DELTA(@Deltagraphs/https://deltagraphs.co.jp/)
【著者プロフィール】
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する『1.02 Essence of Baseball』の運営、メールマガジン『1.02 Weekly Report』などを通じ野球界への提言を行っている。
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