日本にはコンタクトに重きを置く打者が多い一方、プエルトリコ・ウインターリーグに参加しているバッターは積極的に力強く振ってくる。MLBと同じくバレルゾーンを巡る攻防が打者とバッテリー間で繰り広げられ、田中も高めの速球を投げ込むことを求められた。
くすぶっていた者が異世界に飛び込み、化けるのは決して珍しくない。外的変化に直面させられる中で内省し、自問自答しながら停滞を打破するきっかけを模索していく。
ソフトバンク勢ではかつて、柳田悠岐や東浜巨、高橋純平らがプエルトリコ・ウインターリーグ参加を経て大きく羽ばたいた。ラティーノたちが前向きな姿勢で野球を楽しむ姿に刺激を受け、コーチからは失敗を恐れずにチャレンジすることを奨励される。言葉の通じない環境だからこそ自身を省みる機会が自然と増え、感受性のスイッチが押される。普段と異なる環境には、成長のきっかけが無限にあるのだ。
「あの時は無心で投げられました」
プエルトリコでのデビュー戦では中継ぎでマウンドに立ち、2イニングで5奪三振の快投を見せた。そうして先発のチャンスを勝ち取り、「新しい感覚が出てきた」と振り返ったのが昨年12月6日のインディオス・デ・マヤゲス戦だ。
「力の伝え方を0から100にするような感覚です」
力を抜いた状態で投球動作を進め、リリースの瞬間に一気にフルスロットルで開放する。マヤゲス戦の5回、ちょうど疲労が出始めたことでうまく脱力することができた。
「大学ではそういう感覚があった時もあります。でも、プロでは先発をしばらくやっていなかったので、ヘトヘトになるまで投げるという経験をそんなにしていなくて」
中6日で臨んだ12月13日のカングレヘロス・デ・サントゥルセ戦では立ち上がりからピンチを招いたが、フォーク、スライダーで打ち取っていった。走者を背負い、困ったら変化球に頼るという投球内容がガラリと変わったのが4回だ。150km前後の速球で相手打者を次々と押し込み始めた。
「最初は上半身の開きが早い感じがしました。力んで投げてもボールがあまり行ってないと感じたので、だったら力感をなくしてボールだけ行ってもらうような感じにしたらどうかなと。身体の開きを粘るようにしたらうまいこといきました」
試合中に修正できるのは、勝てる先発投手の条件だ。田中は2試合続けてその能力を発揮してみせた。
「プエルトリコでは常に来季を見据えて投げています。カーブ、フォーク、スライダーの精度を上げていって、そのうち2つが決め球になれば(一軍でも)勝負になると思うので。あとは気持ちの作り方ですね。やっぱり自分の中で気持ちが後手に回ると、ヒットコースに飛ぶんですよね。なんでか知らないですけど。だから、そういう場面を少なくしていかないと。プエルトリコより日本の一軍のほうがプレッシャーがあるので」
プエルトリコでは周囲の目を気にしないでマウンドに上がり、結果を残すことができた。たとえ思うような立ち上がりを見せられなくても、自問自答して修正できるのは能力の高さに他ならない。現役時代は2Aでプレーし、現在はドミニカ共和国にあるニューヨーク・メッツのアカデミーで指導する前述のラモス投手コーチも、田中の活躍に太鼓判を押す。
誰が見ても能力の高さは間違いない。12球団随一の戦力を誇るソフトバンクでも、先発ローテーションに入る可能性は十分にある。それを実現させるには、自分に自信を持つことが不可欠だ。
決してメンタルが強いとは言えない田中だが、プエルトリコで力を発揮したように、日本でも一つのきっかけで大きく変わるかもしれない。例えば大勢のホークスファンに包まれた本拠地のマウンドに立ち、たとえ本調子のピッチングをできなくとも、味方打線の援護でプロ初勝利を挙げる。そうして過去の自分と変わったという事実を手に入れることができたら、結果をパワーに変えて前に進んでいけるかもしれない。
大谷と比較されるほどの逸材と騒がれてプロ入りした男は、この冬、日本から遠く離れたプエルトリコで才能の片鱗を確かに見せた。
「これだったら勝負できるなという状態でキャンプに臨むことが今の目標です」
異国で飛躍のきっかけはつかんだ。田中に必要なのは、自身を信じる力だ。
【PHOTO】艶やかに球場を彩る「美女チアリーダーズ」!
文●中島大輔(スポーツライター)
【著者プロフィール】
なかじま・だいすけ/1979年生まれ。2005年から4年間、サッカーの中村俊輔を英国で密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた『野球消滅』。『中南米野球はなぜ強いか』で2017年度ミズノスポーツライター賞の優秀賞。
くすぶっていた者が異世界に飛び込み、化けるのは決して珍しくない。外的変化に直面させられる中で内省し、自問自答しながら停滞を打破するきっかけを模索していく。
ソフトバンク勢ではかつて、柳田悠岐や東浜巨、高橋純平らがプエルトリコ・ウインターリーグ参加を経て大きく羽ばたいた。ラティーノたちが前向きな姿勢で野球を楽しむ姿に刺激を受け、コーチからは失敗を恐れずにチャレンジすることを奨励される。言葉の通じない環境だからこそ自身を省みる機会が自然と増え、感受性のスイッチが押される。普段と異なる環境には、成長のきっかけが無限にあるのだ。
「あの時は無心で投げられました」
プエルトリコでのデビュー戦では中継ぎでマウンドに立ち、2イニングで5奪三振の快投を見せた。そうして先発のチャンスを勝ち取り、「新しい感覚が出てきた」と振り返ったのが昨年12月6日のインディオス・デ・マヤゲス戦だ。
「力の伝え方を0から100にするような感覚です」
力を抜いた状態で投球動作を進め、リリースの瞬間に一気にフルスロットルで開放する。マヤゲス戦の5回、ちょうど疲労が出始めたことでうまく脱力することができた。
「大学ではそういう感覚があった時もあります。でも、プロでは先発をしばらくやっていなかったので、ヘトヘトになるまで投げるという経験をそんなにしていなくて」
中6日で臨んだ12月13日のカングレヘロス・デ・サントゥルセ戦では立ち上がりからピンチを招いたが、フォーク、スライダーで打ち取っていった。走者を背負い、困ったら変化球に頼るという投球内容がガラリと変わったのが4回だ。150km前後の速球で相手打者を次々と押し込み始めた。
「最初は上半身の開きが早い感じがしました。力んで投げてもボールがあまり行ってないと感じたので、だったら力感をなくしてボールだけ行ってもらうような感じにしたらどうかなと。身体の開きを粘るようにしたらうまいこといきました」
試合中に修正できるのは、勝てる先発投手の条件だ。田中は2試合続けてその能力を発揮してみせた。
「プエルトリコでは常に来季を見据えて投げています。カーブ、フォーク、スライダーの精度を上げていって、そのうち2つが決め球になれば(一軍でも)勝負になると思うので。あとは気持ちの作り方ですね。やっぱり自分の中で気持ちが後手に回ると、ヒットコースに飛ぶんですよね。なんでか知らないですけど。だから、そういう場面を少なくしていかないと。プエルトリコより日本の一軍のほうがプレッシャーがあるので」
プエルトリコでは周囲の目を気にしないでマウンドに上がり、結果を残すことができた。たとえ思うような立ち上がりを見せられなくても、自問自答して修正できるのは能力の高さに他ならない。現役時代は2Aでプレーし、現在はドミニカ共和国にあるニューヨーク・メッツのアカデミーで指導する前述のラモス投手コーチも、田中の活躍に太鼓判を押す。
誰が見ても能力の高さは間違いない。12球団随一の戦力を誇るソフトバンクでも、先発ローテーションに入る可能性は十分にある。それを実現させるには、自分に自信を持つことが不可欠だ。
決してメンタルが強いとは言えない田中だが、プエルトリコで力を発揮したように、日本でも一つのきっかけで大きく変わるかもしれない。例えば大勢のホークスファンに包まれた本拠地のマウンドに立ち、たとえ本調子のピッチングをできなくとも、味方打線の援護でプロ初勝利を挙げる。そうして過去の自分と変わったという事実を手に入れることができたら、結果をパワーに変えて前に進んでいけるかもしれない。
大谷と比較されるほどの逸材と騒がれてプロ入りした男は、この冬、日本から遠く離れたプエルトリコで才能の片鱗を確かに見せた。
「これだったら勝負できるなという状態でキャンプに臨むことが今の目標です」
異国で飛躍のきっかけはつかんだ。田中に必要なのは、自身を信じる力だ。
【PHOTO】艶やかに球場を彩る「美女チアリーダーズ」!
文●中島大輔(スポーツライター)
【著者プロフィール】
なかじま・だいすけ/1979年生まれ。2005年から4年間、サッカーの中村俊輔を英国で密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた『野球消滅』。『中南米野球はなぜ強いか』で2017年度ミズノスポーツライター賞の優秀賞。