今永は2回、1死二塁からスアレスを四球で歩かせる過程で、高めの際どい真っすぐを見逃されてボールと判定されている。審判の判定に不服な様子を見せるのはあまり好ましいことではないが、彼はマウンド上で珍しく、それに近い動作をした。
次打者のモレノと対戦した際も似たような判定があり、今永は再び同じような表情を浮かべているが、彼の得意な高め速球の判定が不確かだと分かり、「じゃあ、どうするのか?」という勝負の分かれ目になった。
「あのイニングが終わった時、トミー(・ホットビー投手コーチ)から『今、むちゃくちゃいいから変えるな』って言われたんですよ。変えない方が良いと言われるのと、『変えるな、大丈夫だから』って言われるのと、投手としては勇気はちょっと違う部分がある。変えるなって言われたんで、分かりましたってそのままいけたんで、トミーの目ってのは素晴らしいなと思いましたね」
イニング間や、ピンチの場面で投手コーチがマウンドに行くのは、珍しいことではない。だが、たったひと言でその後の在り方が変わってしまう投手心理を考えて、ホットビー投手コーチは毅然とした態度で今永に向き合った。
「あの場面で彼自身に再認識してほしかったのは、彼が自分のすべきことをきちんとしている、ということだった」
カブスきってのイケメンコーチは説明する。
「だから、審判が(高め速球を)ストライクに取るか取らないかは別にして、『Keep doing what you're doing.』と伝えた。そうすれば『(高めの速球対策をしていた)打者も手を出し始めるから』ってね。実際、試合が進むに連れて、相手はあの速球に手を出してきただろ? 彼は何も間違ってなかったってことを自分で証明したんだ」
「マウンド上での所作を見ていれば、何となくピッチャーが考えていることは想像できるものだけれど、実際にどう考えているのかなんてのは分かりやしない。だが、僕は『自信』というものを信じている。もしも、昇太が信じていることと、僕が信じていることが同じなら、何か良いことが起こる。もしも、お互いが信じていることが不確かなら、お互いに『自信』を喪失してしまう。だから、『僕はこう見ている。キミは自分のすべきことを良くやっている。それはキミのいい部分なんだ』と伝えたかったんだ」
ホットビー投手コーチは元々、カブスのデータ分析部門にいた人で、レッドソックスでの現役時代は上原浩治(現解説者)や田澤純一(社会人野球ENEOS)ともプレーした。いわゆる、『オールド・スタイル』のコーチとは対象的なキャリアを歩んできた人である。 「現役時代、『こうした方がいいと思う』とか、『こうできると思う』って感じのコーチもいたが、そういう曖昧なアドバイスは、当時の僕の助けにはならなかった。対象的に何人かのコーチは、僕に対してとても正直に向き合ってくれた。僕が聞きたくなかった真実なんかも正直に指摘してくれたんだ」
レッドソックスのマイナー時代(AAA級ポータケット、現ウースター)、彼は一人の優秀な監督に出会っている。現在、ダイヤモンドバックスで指揮を執るトーリ・ロブロ監督だった。現役時代、ヤクルトにも在籍したことで、日本のファンにもよく知られているロブロ監督は、ドジャースやパドレス、ジャイアンツが所属する激戦のナショナル・リーグ西地区でこれまで2度に渡ってプレーオフ進出を果たし、2023年にはリーグ優勝=ワールドシリーズ出場まで成し遂げている。
「トーリなんかは『キミは今、とても良くやってると感じているだろうけど、メジャーリーグに行きたければ、今のままじゃダメだ』とはっきり言ってくれた。『私にはこう見えているし、実際こう思うんだ』とね。それは僕のモチベーションになったし、当時の僕にとっては、とても効果のある接し方だった」
その「接し方」が今、今永に向けられている。
元データ分析部門担当で、「投手学の教授」とでも呼んだ方がいいようなホットビー投手コーチが、自分を取り巻く事象を客観的に見て、そこに明確な判断を下してくれる。それほど心強い存在は、彼の他にはいないだろう。
「昇太には彼の考え方があり、それを理解することは僕の仕事の一部なんだ。彼は我々ととても上手くコミュニケーションを取ってくれている。それは我々の仕事を簡単にしてくれるんだよ」(ホットビー)
日本開幕戦という名の「お祭り」を経て、ようやく始まったカブスのシーズン。
長かった米国での初登板までの心の葛藤を経て、「やっと(米国で)メジャーが開幕して、このメンタルのサイクルが始まったなーっと今、ここに立ってて思いましたね」と笑った今永先生。
ホットビー投手コーチという良き理解者とともに、現地4月4日金曜日(日本時間5日)、ホーム開幕戦のパドレス戦に臨む――。
文●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した'01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO
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「あのイニングが終わった時、トミー(・ホットビー投手コーチ)から『今、むちゃくちゃいいから変えるな』って言われたんですよ。変えない方が良いと言われるのと、『変えるな、大丈夫だから』って言われるのと、投手としては勇気はちょっと違う部分がある。変えるなって言われたんで、分かりましたってそのままいけたんで、トミーの目ってのは素晴らしいなと思いましたね」
イニング間や、ピンチの場面で投手コーチがマウンドに行くのは、珍しいことではない。だが、たったひと言でその後の在り方が変わってしまう投手心理を考えて、ホットビー投手コーチは毅然とした態度で今永に向き合った。
「あの場面で彼自身に再認識してほしかったのは、彼が自分のすべきことをきちんとしている、ということだった」
カブスきってのイケメンコーチは説明する。
「だから、審判が(高め速球を)ストライクに取るか取らないかは別にして、『Keep doing what you're doing.』と伝えた。そうすれば『(高めの速球対策をしていた)打者も手を出し始めるから』ってね。実際、試合が進むに連れて、相手はあの速球に手を出してきただろ? 彼は何も間違ってなかったってことを自分で証明したんだ」
「マウンド上での所作を見ていれば、何となくピッチャーが考えていることは想像できるものだけれど、実際にどう考えているのかなんてのは分かりやしない。だが、僕は『自信』というものを信じている。もしも、昇太が信じていることと、僕が信じていることが同じなら、何か良いことが起こる。もしも、お互いが信じていることが不確かなら、お互いに『自信』を喪失してしまう。だから、『僕はこう見ている。キミは自分のすべきことを良くやっている。それはキミのいい部分なんだ』と伝えたかったんだ」
ホットビー投手コーチは元々、カブスのデータ分析部門にいた人で、レッドソックスでの現役時代は上原浩治(現解説者)や田澤純一(社会人野球ENEOS)ともプレーした。いわゆる、『オールド・スタイル』のコーチとは対象的なキャリアを歩んできた人である。 「現役時代、『こうした方がいいと思う』とか、『こうできると思う』って感じのコーチもいたが、そういう曖昧なアドバイスは、当時の僕の助けにはならなかった。対象的に何人かのコーチは、僕に対してとても正直に向き合ってくれた。僕が聞きたくなかった真実なんかも正直に指摘してくれたんだ」
レッドソックスのマイナー時代(AAA級ポータケット、現ウースター)、彼は一人の優秀な監督に出会っている。現在、ダイヤモンドバックスで指揮を執るトーリ・ロブロ監督だった。現役時代、ヤクルトにも在籍したことで、日本のファンにもよく知られているロブロ監督は、ドジャースやパドレス、ジャイアンツが所属する激戦のナショナル・リーグ西地区でこれまで2度に渡ってプレーオフ進出を果たし、2023年にはリーグ優勝=ワールドシリーズ出場まで成し遂げている。
「トーリなんかは『キミは今、とても良くやってると感じているだろうけど、メジャーリーグに行きたければ、今のままじゃダメだ』とはっきり言ってくれた。『私にはこう見えているし、実際こう思うんだ』とね。それは僕のモチベーションになったし、当時の僕にとっては、とても効果のある接し方だった」
その「接し方」が今、今永に向けられている。
元データ分析部門担当で、「投手学の教授」とでも呼んだ方がいいようなホットビー投手コーチが、自分を取り巻く事象を客観的に見て、そこに明確な判断を下してくれる。それほど心強い存在は、彼の他にはいないだろう。
「昇太には彼の考え方があり、それを理解することは僕の仕事の一部なんだ。彼は我々ととても上手くコミュニケーションを取ってくれている。それは我々の仕事を簡単にしてくれるんだよ」(ホットビー)
日本開幕戦という名の「お祭り」を経て、ようやく始まったカブスのシーズン。
長かった米国での初登板までの心の葛藤を経て、「やっと(米国で)メジャーが開幕して、このメンタルのサイクルが始まったなーっと今、ここに立ってて思いましたね」と笑った今永先生。
ホットビー投手コーチという良き理解者とともに、現地4月4日金曜日(日本時間5日)、ホーム開幕戦のパドレス戦に臨む――。
文●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、
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