2003年のNBAドラフトは、史上稀に見る豊作年だった。1位指名を受けたレブロン・ジェームズ(現ロサンゼルス・レイカーズ)を筆頭に、3位カーメロ・アンソニー(現ポートランド・トレイルブレザーズ)、4位クリス・ボッシュ(元トロント・ラプターズほか)、5位ドゥエイン・ウェイド(元マイアミ・ヒートほか)と上位にはスーパースター級がズラリ。以降の指名選手にも魅力的なタレントが揃っていた。
そんな当たり年において、2位指名権を持っていたデトロイト・ピストンズが選んだのは、セルビア出身の7フッター、ダーコ・ミリチッチだった。
結果として、ミリチッチは10年間のキャリアで平均6.0点、4.2リバウンドと大きく期待を裏切ることに。彼より後に指名されたカーメロ、ウェイド、ボッシュらの活躍もあって、今では“ハズレ指名の代表格”に挙げられている。
ただ、ドラフトでは失敗してしまったピストンズだが、直後の2003-04シーズンに14年ぶりのリーグ制覇を達成。そして、当時の先発センターを務めていたベン・ウォーレスは、先日出演したポッドキャストで「もし俺たちがカーメロを指名していたら、正直優勝できていなかったと思う」と振り返った。
「メロはすぐにプレーしたがっていた。だけど、それはチームのケミストリーを混乱させる可能性があった」
実際にこの時のピストンズは、ベンとラシードのWウォーレスに加え、チャンシー・ビラップス、リチャード・ハミルトン、テイショーン・プリンスと、絶対的なエースはいなかったものの、全員が一丸となって優勝を勝ち取ったチームだった。そこに圧倒的な個の力を持つカーメロが加わっていたら、タレント力は上がっていたかもしれないが、その一方でチームの和が乱れていた可能性も否めない。
しかし、当時のピストンズを指揮していたラリー・ブラウンの考えは違うようだ。
「カーメロを指名していたら、もっと優勝できていたはずだ。チームにもフィットしたと思う。我々には素晴らしい人格者やメンターたちがいて、彼を成熟させるサポートをしただろうからね」
そんな当たり年において、2位指名権を持っていたデトロイト・ピストンズが選んだのは、セルビア出身の7フッター、ダーコ・ミリチッチだった。
結果として、ミリチッチは10年間のキャリアで平均6.0点、4.2リバウンドと大きく期待を裏切ることに。彼より後に指名されたカーメロ、ウェイド、ボッシュらの活躍もあって、今では“ハズレ指名の代表格”に挙げられている。
ただ、ドラフトでは失敗してしまったピストンズだが、直後の2003-04シーズンに14年ぶりのリーグ制覇を達成。そして、当時の先発センターを務めていたベン・ウォーレスは、先日出演したポッドキャストで「もし俺たちがカーメロを指名していたら、正直優勝できていなかったと思う」と振り返った。
「メロはすぐにプレーしたがっていた。だけど、それはチームのケミストリーを混乱させる可能性があった」
実際にこの時のピストンズは、ベンとラシードのWウォーレスに加え、チャンシー・ビラップス、リチャード・ハミルトン、テイショーン・プリンスと、絶対的なエースはいなかったものの、全員が一丸となって優勝を勝ち取ったチームだった。そこに圧倒的な個の力を持つカーメロが加わっていたら、タレント力は上がっていたかもしれないが、その一方でチームの和が乱れていた可能性も否めない。
しかし、当時のピストンズを指揮していたラリー・ブラウンの考えは違うようだ。
「カーメロを指名していたら、もっと優勝できていたはずだ。チームにもフィットしたと思う。我々には素晴らしい人格者やメンターたちがいて、彼を成熟させるサポートをしただろうからね」