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NBA

MLB挑戦を経て復帰したジョーダンが着用。引退後も多方面で活躍する人物の多い45番の歴史【NBA背番号外伝】

出野哲也

2020.05.18

1度目の引退から復帰したジョーダンが着用した45番。これは兄のラリーが学生時代に使用していた番号でもある。(C)Getty Images

1度目の引退から復帰したジョーダンが着用した45番。これは兄のラリーが学生時代に使用していた番号でもある。(C)Getty Images

 ヘッドコーチ(HC)してヒューストン・ロケッツを2度の優勝に導いたルディ・トムジャノビッチ、サクラメント・キングスで20年間GMを務めたジェフ・ペトリー、現在ホーネッツの球団社長を務めるマイケル・ジョーダン……。現役時代に45番を着用した選手は、引退後も多方面で活躍している人物が多い。

 マイケル・ジョーダン(元ブルズほか)の背番号が23番であることを知らないNBAファンはいないだろう。だが1度目の引退からカムバックした1994-95シーズンには、彼は見慣れない45番のジャージーを纏っていた。これは兄のラリーが学生時代に使用していた番号であり、引退中に挑戦した野球でもマイナーリーグで背負っていたもの。しかし95年のプレーオフ2回戦で対戦したオーランド・マジックのニック・アンダーソンに「23番じゃないジョーダンは怖くない」と言われ、NBAに罰金を払ってまで23番に変更した。ジョーダンはこのほか、90年に1試合だけ12番で出たこともあるが、それはジャージーの盗難に遭ったのが理由だった。
 
 ジョーダンに憧れる選手が大抵23番をつける中、あえて45番を選んだのは、今季初めてオールスターに出場したドノバン・ミッチェル(ユタ・ジャズ)。野球少年でもあった彼にとって、45は「ジョーダン」「野球」という2つの好きなものを結びつける数字なのだ。

 45番で活躍した最も初期の選手は、シアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)の初代センターだったボブ・ルール。67年のドラフト2巡目19位で入団し、最初の3年間で平均22.2点を記録したが、4年目のシーズン開幕直後にアキレス腱を断裂。翌年に復帰するも往年の輝きは失せており、74年に引退した。

 ジェフ・ペトリーも短命だったが素晴らしい選手で、ポートランド・トレイルブレイザーズに入団した71年に平均24.8点をあげ、デイブ・コーウェンス(元ボストン・セルティックスほか)とともに新人王を獲得。72-73シーズンに2度達成した51得点は、05年にデイモン・スタッダマイアーに破られるまで球団記録だった。名門プリンストン大の出身に加え、ルックスも良いとあって人気も高かったが、76年にアトランタ・ホークスへトレードされた直後にヒザを負傷。そのケガが原因で27歳の若さで引退を余儀なくされた。81年に45番として史上初の永久欠番となったのち、94年から13年まではサクラメント・キングスのGMを務めた。
 
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