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NBA

名手シャックが“犬猿の仲”であるモーニングに謝罪した過去を告白「俺が偽善者だった。彼が最高なんて知らなかった」<DUNKSHOOT>

秋山裕之

2022.09.03

若手時代は犬猿の仲だった2人。しかしチームメイトとなった際に、シャック(右)はモーニング(左)に謝罪したという。(C)Getty Images

若手時代は犬猿の仲だった2人。しかしチームメイトとなった際に、シャック(右)はモーニング(左)に謝罪したという。(C)Getty Images

 1992年のドラフトでオーランド・マジックから全体1位指名を受けたシャックことシャキール・オニール。彼がNBA入りした当時は、アキーム・オラジュワン(元ヒューストン・ロケッツほか)、デイビッド・ロビンソン(元サンアントニオ・スパーズ)、パトリック・ユーイング(元ニューヨーク・ニックスほか)といった歴代有数のセンターたちがペイントエリアを陣取っていた。

 もっとも、公称216cm・147kgという規格外のサイズと、それに似つかわしくないクイックネスを兼備していたシャックは、彼らと正対しても押し負けることなくリング下を支配。ルーキーイヤーの1992-93シーズンに平均23.4点、13.9リバウンド、3.5ブロック、フィールドゴール成功率56.2%をマークして新人王に輝くと、キャリア3年目(1994-95)には平均29.3点を叩き出し得点王に。アンファニー“ペニー”ハーダウェイやホーレス・グラントらとともに、マジックを創設6年目でNBAファイナルへと導いた。

 そのファイナルではオラジュワン擁するロケッツの前に4連敗でスウィープされ、翌1996年にはマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズとのカンファレンス・ファイナルでまたもやスウィープ敗退負け。同年夏にFA(フリーエージェント)となり、ロサンゼルス・レイカーズへ移籍した。
 
 その後シャックはコビー・ブライアントとのスーパーデュオを形成し、2000~02年にかけて3連覇を達成。自身は3年連続でファイナルMVPに輝くなど、ペイントエリアを制圧した。

 そんなシャックには、アロンゾ・モーニングというライバルがいた。1992年のドラフト全体2位でシャーロット・ホーネッツから指名されたモーニングは、公称208cm・108kgとセンターとして上背こそなかったものの、シャックにはないミドル&ロングレンジのジャンパーが備得ていたうえ、キャリアを重ねるごとにビルドアップ。筋骨隆々の肉体を手に入れたことで、リーグ屈指のセンターへ成長した。

 1995年11月にトレードでマイアミ・ヒートへ移籍すると、チームの大黒柱かつ守護神としての地位を確立。1998-99、99-2000シーズンに2年連続でブロック王となり、最優秀守備選手賞も獲得と、リーグ史に名を残すビッグマンとなった。

 同じセンターながらプレースタイルの異なるシャックとモーニングは、新人時代からコート内で激しいバトルを展開。互いのことを毛嫌いしていたのは有名な話で、リスペクトという感情よりも嫌悪感の方が勝っているかのように競い合ってきた。
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