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【NBAスター悲話】モックムード・アブドゥル・ラウーフ――難病ゆえにトップアスリートに上り詰めた哀しき求道者【前編】

大井成義

2020.01.20

プロ入り直後は思うように活躍できなかったが3年目の1992-93シーズンに才能が開花。平均19.2点をあげMIPを獲得しトッププレーヤーへの足がかりを掴んだ。(C)Getty Images

 難病を患ったがゆえにトップアスリートに登り詰めた男、モックムード・アブドゥル・ラウーフ。彼は、その病がもたらす症状によって何事にも完璧を追求せざるを得なくなってしまった。自分で納得のいく感触を得られるまで延々とシュートを打ち続け、その結果としてNBA入りを果たす。やがて、彼は理想的な宗教と出会い、精神の安息を得るが、宗教に傾倒しすぎた結果、運命に翻弄されることになる――。

   ◆    ◆    ◆

 子どもの頃、街角のプレーグラウンドで神童と呼ばれ、高校や大学レベルでその名を全国に轟かせたスター選手たちが集う場所、それがNBAである。改めて記すまでもないが、NBAとはバスケットボールがとてつもなく上手い連中の集合体だ。

 そんなツワモノが群雄割拠するNBAにおいて、トッププレーヤーになれる選手はほんの一握り。世界で最もハイレベルなリーグで成功を収めるには、人並み外れた何かを持っていなくてはならない。もちろん、生まれ持った体格や運動能力は不可欠であろう。しかしそれ以上に、本人が持つ強い意志の力があったからこそ、トップにまで登り詰めることができたはずである。
 
 例えば、人一倍負けず嫌いで、激しい競争心に駆り立てられ日夜練習に励んだ者。劣悪な環境に生まれ育ったがゆえ、アメリカンドリームを夢見てお金や名誉のために日々精進を重ねた者もいただろう。

 そんななか、1人の興味深い選手が90年代のNBAに存在した。モックムード・アブドゥル・ラウーフ、旧名クリス・ジャクソン。彼は神経の病を抱えており、それゆえバスケットボールが異常に上手くなった。いや、上手くなってしまったのだった。

"トゥレット症候群"という病気をご存じだろうか。チック障害のひとつで、運動チックと音声チックを主症状とする遺伝的要因の強い神経の病気である。運動チックとは、瞬き、首振り、肩のぴくつき、他人や物へのタッチ、匂い嗅ぎ、キック、ジャンプなど、音声チックは、咳き払い、甲高い声、意味不明な言葉や自分または他人の言葉じりの繰り返し、ときには卑猥な言葉や非常識な言葉を発する、などの症状を指す。

 また、繰り返し同じ行為(強迫行為)をすることも大きな特徴のひとつ。その存在も実態もほとんど知られておらず、本人はもちろん家族もその対応に戸惑うことが少なくない。学校や職場での理解や対応も十分ではなく、日常生活に支障をきたす場合も多々あるそうである。

 その病気こそが、図らずもジャクソン改めラウーフの人生に光と影を与えたのだった。
 
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変わり者と思われ苦悩した少年時代