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NBA

「ジョーダンにノーと言える数少ない人間」ブルズ黄金期の土台を築いた“名GM”ジェリー・クラウスが残した功績

杉浦大介

2020.04.24

91年の優勝をはじめ、ブルズに6度の優勝をもたらし、黄金期を築いた立役者の1人。しかし、その評価は驚くほど低い。(C)Getty Images

91年の優勝をはじめ、ブルズに6度の優勝をもたらし、黄金期を築いた立役者の1人。しかし、その評価は驚くほど低い。(C)Getty Images

悪評も多いが、彼なくしてブルズの黄金期はなかった

 仕事に関しては秘密主義で、地元メディアとの関係も良好ではなかった。それでいて目立ちたがり屋な性格。年俸の交渉や人事を巡り、ジャクソン、ピッペン、そしてジョーダンらと激しく対立した。サム・スミスの著書『ジョーダン・ルール』に、「クラウスへの敵対心からチームが一丸となっていった」という記述があったのは有名な話である。

「今、人々が述べている賞賛を、生きている間に彼が聞くことができれば、どんなに素晴らしかったかと思います。当時はそう言ってもらえることは多くなかった」

 クラウスの下でかつてアシスタントをこなし、現在はブルズでアシスタントコーチを務めるカレン・スタック・ウムラウフの言葉には実感がこもっている。85-86シーズンから2002-03シーズンの在任期間に通算808勝636敗という成績を残し、87-88シーズンと95-96シーズンにはエクゼクティブ・オブ・ザ・イヤーを受賞。これほどの実績を残しているにもかかわらず、クラウスは名GMと認められてきたとは言い難い。

 GM就任時に、すでにジョーダンがロースターにいたことがクラウスが過小評価されることにもつながった。

〝史上最高の選手がいれば優勝なんて難しくない〞と考える人が出てくるのは、ある意味では仕方なかったのかもしれない。ただ、卓越したスカウト眼を生かして多くの優秀な選手を獲得したクラウスの手腕は、もっと評価されていいだろう。特に93年のジョーダンの1度目の引退以降のチーム作りは出色だ。
 
 同年にクロアチア出身のオールラウンダー、トニー・クーコッチ(ドラフト指名は90年)、94年にのちにジョーダンとガードコンビを組むロン・ハーパーと契約、そして95年には名リバウンダーのデニス・ロッドマンをトレードで獲得するなど、効果的な補強を次々と実現。ジョーダン復帰後の96~98年に成し遂げた2度目の3連覇は、クラウスなしにはあり得なかったはずだ。

「ジョーダンにノーと言える数少ない人間であると、クラウスは自負していた」

『The Athletic』のデイビッド・オルドリッジ記者のこの言葉が示すように、クラウスは一筋縄ではいかない人物だった。だが、これほどの意志の強さを持つGMだったからこそ、当時のブルズのようなパワーハウスで、妥協なきチーム作りができたのだろう。多くの大物を擁した90年代のブルズの魅力が色褪せることはない。

 そして、歴史的チームを彩った重要なキーパーソンとして、クラウスの存在と功績もまた、永く語り継がれていくはずである。

文●杉浦大介
※『ダンクシュート』2017年6月号掲載原稿に加筆・修正。

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