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NBA

「俺やマローンが優勝できたとしても…」バークレーが語った独特の“優勝観“。そこには強烈なプライドが…

秋山裕之

2020.05.24

バークレーが最も優勝に近付いたのはサンズ加入1年目の93年。大黒柱としてチームをファイナルに導いたものの、ジョーダン率いるブルズに2勝4敗で敗退した。(C)Getty Images

バークレーが最も優勝に近付いたのはサンズ加入1年目の93年。大黒柱としてチームをファイナルに導いたものの、ジョーダン率いるブルズに2勝4敗で敗退した。(C)Getty Images

 33歳となったバークレーが加わったのは、サンズ時代に優勝の夢を砕かれたロケッツ。当時のチームにはアキーム・オラジュワン、クライド・ドレクスラーという将来の殿堂入りデュオがおり、バークレーはロケッツで“ビッグ3”を形成した。

 96-97シーズンのプレーオフ。ロケッツはウエスト準決勝でシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)を最終戦の末に撃破し、カンファレンス決勝へと駒を進めた。しかしウエストの頂上決戦ではマローンとストックトン擁するジャズの前に2勝4敗で敗退。その後バークレーはロケッツで1回戦を突破できず、2000年に現役引退を迎えた。

 先日公開された『ESPN』のザック・ロウ記者との“The Lowe Post”へ出演したバークレーは「もし俺がロケッツでリングを手にしていたとしても、優勝にカウントすることはなかっただろうな」と明かした。

 キャリア途中のシクサーズとサンズで、バークレーは押しも押されもせぬエースであり大黒柱だった。だがロケッツではオラジュワンが絶対的な存在であり、バークレーは彼のサポート役。その環境の中でチャンピオンシップを勝ち取ったとしても、「自分が優勝をもたらした」とは言えないと感じていたのだろう。
 
「嘘を言うつもりはない。俺、そしてカール(マローン)がレイカーズで優勝できたとしても、それはカウントされない」

 85年にジャズでデビューしたマローンは、長年チームのエースとして活躍し、97、98年にはファイナルまで勝ち進んだが、ジョーダン率いるブルズに敗退。40歳となった03年夏に優勝を追い求めてシャキール・オニールとコビー・ブライアントが所属するレイカーズへと移籍した。ゲイリー・ペイトン(元ソニックスほか)も加えて“ビッグ4”でシーズンに臨んだものの、ケミストリー崩壊とケガ人続出もあってファイナルでデトロイト・ピストンズに1勝4敗で惨敗。“鉄人”と呼ばれたマローンも最後はケガに泣き、優勝を手にすることなくユニフォームを脱いだ。

 プライドが高く、歯に衣着せぬ物言いで物議を醸すことも多々あったバークレーだが、優勝というのは「2番手としてではなく俺がチームのエースとなって成し遂げること」という強いこだわりがあったのだろう。

文●秋山裕之(フリーライター)

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