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NBA

【NBA背番号外伝】ミラー、テリー、マリオンらが着用も…背番号31は“ドラフトを巡る負の記憶”のイメージが<DUNKSHOOT>

出野哲也

2021.11.15

 他の31番の名選手としては、1950年代にロチェスター・ロイヤルズ(現キングス)で活躍し殿堂入りもしているジャック・トワイマンや、1980年代にセルティックスでラリー・バードとコンビを組み、1981年のファイナルMVPに輝いたセドリック・マックスウェルがいる。マックスウェルは2003年に、31番で最初の永久欠番となった。

 だが、一番有名な背番号31は間違いなくレジー・ミラーだろう。インディアナ・ペイサーズ一筋18年、レイ・アレン(元セルティックスほか)に抜かれるまで史上最多の3ポイント成功数の記録を持っていただけでなく、クラッチシューターとしてもその名を轟かせ、数々の劇的な一撃でチームを勝利に導いた。2012年に殿堂入りし、永久欠番にもなっている。

 また、背番号31は姉のシェリルと同じ番号。シェリルは史上最高の女子バスケットボールプレーヤーの1人で、選手として殿堂入りした姉弟はシェリル&レジーが唯一のケースとなっている。
 
 ジェイソン・テリーもミラーに引けを取らない勝負強さの持ち主で、2011年のダラス・マーベリックス優勝に大きく貢献。セルティックス時代の4番、現役最後の2年を過ごしたミルウォーキー・バックスでの3番を除けば、キャリアを通じてずっと31番だった。

 そのマーベリックスに2011年のファイナルで敗れたヒートは、同年オフに守備職人のシェーン・バティエを獲得して2012、13年の連覇につなげた。メンフィス・グリズリーズ、ロケッツにも所属したバティエは、31以外の番号を着けたことがなかった。

 4度のオールスターに選ばれた好選手ショーン・マリオンは、全盛期を過ごしたフェニックス・サンズ時代、トロント・ラプターズ時代と、最後のチームとなったキャブズで31番。この番号にしたのはミラーに憧れていたのが理由だった。

 1995年のオールスターでフリースローラインからダンクを決め、チャンピオンに輝いたブレント・バリーは、1971年12月31日生まれ。ロサンゼルス・クリッパーズ、シアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)などでは“日”のほうの31、スパーズなどに在籍していたときは“年”の71をひっくり返し17番でプレーした。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2015年9月号掲載原稿に加筆・修正

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