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NBA

“バッドボーイズ”ピストンズの象徴。周囲の評価を活力に変えたレインビアとロッドマン【NBAデュオ列伝|後編】<DUNKSHOOT>

出野哲也

2022.03.19

 その成果は明らかで、優勝争いの常連だったピストンズ時代と比べても段違いの注目を浴びるようになった。気をよくしたロッドマンは、さらに人々の気を惹くようにますます過激な行動をとるようになり、それがエスカレートすればするほど人気はうなぎのぼりになった。95-96シーズンにブルズへ移籍し、ジョーダン、ピッペンとともにリーグ3連覇に大いに貢献した頃には、彼は世界的なスーパースターにのし上がっていた。

 もちろんコート上では、相変わらずリバウンドとディフェンスで対戦相手を制圧し、7年連続でリバウンド王になっていたことを忘れてはならない。富と名声の両方を思うがままに手にすることができたロッドマンは、人生の頂点を迎えたのだった。

■役割に徹しコートで表現した真のプロフェッショナル

 ところが、NBAのキャリアを終えるのと同じくして、人々はロッドマンの奇異な行動に飽きてしまった。その後もマイナーリーグやフィンランド、イギリスなどのリーグで発散的にプレーを続けたが、行く先々で巻き起こすトラブルもそれほど話題にはならなかった。一時的に名を上げて、やがては使い捨てにされていったショウビズ界のにわかスターたちと同じ道を、ロッドマンも歩んでしまったのだ。

 ロッドマン人気が沸騰していた陰で、レインビアは93-94シーズンに11試合に出場したのを最後に、「いくら金を積まれても、勝てないチームでやるつもりはない」と言い残してひっそりコートから去った。これほどその引退が惜しまれることのなかったスター選手も珍しいだろう。
 
 引退後、レインビアは現役当時の極悪人のイメージを少しずつ拭い去っていった。テレビ中継の解説者として活動し、新たなピストンズのスター、グラント・ヒルとはフィラのCMで共演。真面目で紳士的なヒルにラフプレーを伝授するコーチ役を演じ、大いに評判となった。

 ピストンズのヘッドコーチが変わるたびに彼の名が後任候補として上がっていたが、02年に姉妹チームであるWNBAのデトロイト・ショックのヘッドコーチとなり、3度のリーグ制覇へと導いた。

「私がそれほど悪い人間でないことは、わかってもらえたのではないかな」と語ったレインビアには、かつて誰からも恐れられた悪漢のイメージは微塵も感じられなかった。現在も彼はWNBAのラスベガス・エイシーズでヘッドコーチを務めている。
 
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