ミサカは謙虚で我慢強く、人一倍気概にあふれた人物であるものの、予想以上の激しい差別行為を目の当たりにしたアイリッシュの心が折れ、人種問題という火種が大きな騒動へと発展する前に消し止めておこう、そう考えたのではないだろうか。黒人のロビンソンに対しても、筆舌に尽くしがたい差別や罵詈雑言が繰り返し浴びせられたという。ミサカの場合は非白人であるだけではなく、国籍上はアメリカ人とはいえ敵国にルーツを持つ日系人なのである。
ユタ大が発行しているウェブマガジンの2010年春号に、ミサカのストーリーが掲載されている。そこに書かれている当時のアメリカの風潮に、言葉を失った。一部を抜粋してみよう。
〝第2次世界大戦中、人種差別は政策手段となった。ユタ州は外国人の財産所有を禁止。宣伝ポスターは、日本人の兵士たちを、白人女性を連れ去る卑劣漢や吸血鬼として描いた。スローガンや歌は、〝黄色い連中〞に対する自警団の復讐を促した。アニメのバッグス・バニーやポパイまでもが人種差別を助長し、日本人の墓地は破壊された。アウェーの試合では、観客がミサカをスタンドから脅し、「ダーティ・ジャップ、ゴーホーム!」と叫んだ。〞
ミサカは人種差別はなかったと言うが、戦後わずか数年でこの風潮がピタリと止んだとは考えにくい。事実、ミサカ本人が『ESPNザ・マガジン』のインタビューで、次のような回想をしている。
「実のところ、ニューヨークのファンは故郷(ユタ)のファンより恐らくベターだったものの、そこでも『ジャップ、ゴーホーム!』という怒鳴り声を何度か聞いたよ。そして、彼らが言っているホームとは、ユタのことではなかった」
ユタ大が発行しているウェブマガジンの2010年春号に、ミサカのストーリーが掲載されている。そこに書かれている当時のアメリカの風潮に、言葉を失った。一部を抜粋してみよう。
〝第2次世界大戦中、人種差別は政策手段となった。ユタ州は外国人の財産所有を禁止。宣伝ポスターは、日本人の兵士たちを、白人女性を連れ去る卑劣漢や吸血鬼として描いた。スローガンや歌は、〝黄色い連中〞に対する自警団の復讐を促した。アニメのバッグス・バニーやポパイまでもが人種差別を助長し、日本人の墓地は破壊された。アウェーの試合では、観客がミサカをスタンドから脅し、「ダーティ・ジャップ、ゴーホーム!」と叫んだ。〞
ミサカは人種差別はなかったと言うが、戦後わずか数年でこの風潮がピタリと止んだとは考えにくい。事実、ミサカ本人が『ESPNザ・マガジン』のインタビューで、次のような回想をしている。
「実のところ、ニューヨークのファンは故郷(ユタ)のファンより恐らくベターだったものの、そこでも『ジャップ、ゴーホーム!』という怒鳴り声を何度か聞いたよ。そして、彼らが言っているホームとは、ユタのことではなかった」