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NBA

リトアニアが生んだ伝説のビッグマン、アルビダス・サボニスは今…。「母国の顔」、「父」として奮闘する日々

小川由紀子

2020.04.27

2011年に殿堂入りした際にはブレイザーズをはじめ、すべての関係者に感謝を述べたサボニス。球団OBのビル・ウォルトン(左)ら多くの人から祝福された。(C)Getty Images

2011年に殿堂入りした際にはブレイザーズをはじめ、すべての関係者に感謝を述べたサボニス。球団OBのビル・ウォルトン(左)ら多くの人から祝福された。(C)Getty Images

 サボニスはNBAを引退したあとは南スペインのマラガに居を構え、夫人と4人の子どもと暮らしていた。ポートランドで生まれた三男のドマンタスが16歳でプロデビューしたのもスペインリーグのマラガだ。また、4歳違いの次兄タウトビダスも、スペインのプロリーグでプレーしている。

 スクールの運営、協会の会長職といったバスケ関係の仕事のほかには、バルト海に面したリトアニアで人気のリゾート地パランガにリゾートホテルを経営。ガストロノミー系のレストランも評判で、元ミス・リトアニアの夫人が運営の指揮を執っている。リトアニアでは押しも押されもせぬ英雄である一方で、スーパーマーケットのテレビCMに出演したりと、お茶の間で人気の顔でもある。スーパースターほど謙虚であるというのは本当で、サボニスも実に素朴で飾らない人物だ。

 そんな彼の人柄をよく表わしていたのが、殿堂入りセレモニーでのスピーチだろう。

「今日は私と、祖国にとって特別な日です。ここに立てることを誇りに感じています。Hall of Fame、そして私の家族、両親、友人、チームメイトやコーチたちに感謝します。とりわけポートランド・トレイルブレイザーズと、ブレイザーズのメディカルチームに。深刻なケガを負った私を、再びプロとしてプレーできるよう治療してくれたおかげで、私はオリンピックチャンピオンにもなれました。ここにこうしていられるのは、彼らのおかげでもあります」。
 
 2003年、ジャルギリスでインタビューに応じてくれた時の丁寧な対応も印象に残っている。一見ゴツくて怖そうだが、話し始めるとジョークも飛び出す気さくな人柄で、現地でたまたま話したバスケファンの1人は「サボニスなら今朝クリーニング屋で会ったよ」と言っていた。出資したクリーニングショップで早朝から働くスタッフを労うために、まめに店に顔を出すのだという。

 バスケスクール内のレストランは彼のメモラビリアになっていて、ロシアのゴルバチョフ元大統領やマラドーナといった、世界各国の著名人との交友の写真や、これまで使用したユニフォームなどがびっしりと壁を埋めている。インタビューのあと、ここでランチをとっていたら本人が客人を連れて遠くの席に着いたのだが、帰り際にお勘定を頼むと、「すでにオーナーからいただいております」と言われ、そのさりげない心遣いに感動した。

「私はただのバスケ小僧だった。バスケが好きで好きで、ずっとやってきたらここまで来た。いつでも、自分で進もうと思った道を選んで、スペインやアメリカに行き、キャリアを築いてきた。結果は、そうやって自分がやってきたことについてきただけなんだ。有名になろうと思っていたわけでも、名声が欲しかったわけでもない。バスケをやっていなかったら、ただの身長220cmの大男だよ(笑)」

 少年時代はアメリカはすごく遠いところだと思っていて、NBAを目指すなど、考えたこともなかったという。それが殿堂入りするまでになり、今では彼のDNAを受け継いだ息子が、世界最高峰の舞台で活躍している。

「私にとってバスケットボールは、楽しいと実感することすらないくらい、自分の一部なんだ」。引退後もなお、母国の競技発展に邁進し続ける。彼の存在そのものが、バスケットボール界のレガシーなのだ。

文●小川由紀子

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