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日本代表

サッカー界の中枢から追放された将軍と16年前の雪辱を狙うジダン――対照的な立場の仏レジェンド2人が語った将来

THE DIGEST編集部

2022.06.28

フランスサッカー界を代表する二大レジェンド。プラティニとジダンは対照的な道を歩んでいる。(C) Getty Images

フランスサッカー界を代表する二大レジェンド。プラティニとジダンは対照的な道を歩んでいる。(C) Getty Images

 長い歴史を誇るフランス・サッカー界の多くのレジェンドの中で、最も偉大な2人として挙がるのは、ミシェル・プラティニとジネディーヌ・ジダンだ。

 前者は比類なきエレガントなプレーでゲームメイク、チャンスメイクに秀でるとともに、MFでありながらセリエAで3シーズン連続得点王に輝く決定力の高さも併せ持ち(フランス代表でも72試合で41得点と得点率ではトップ)、さらに「将軍」の愛称からも想像できる絶対的なリーダーシップでチームを率い、1984年の地元開催の欧州選手権(EURO)で母国に初のメジャータイトルをもたらした。

 一方、後者は力強さと図抜けた巧さが融合したスペクタクルなプレーで相手を翻弄し、多くの印象に残るゴールでチームに重要な勝利をもたらし、1998年には同じく自国開催のワールドカップ、さらには2年後のEUROでも、フランスを頂点に導いてみせた。エネルギッシュに仲間をリードするタイプではなかったが、その技術と滲み出るカリスマ性でチームの先頭を走った。

 陽気なイタリア系移民、寡黙で大人しいアルジェリア系移民の違いはあるが、前述のように母国に最初の喜びをもたらしたチームの背番号10同士であり、クラブレベルでもチャンピオンズ・リーグ(カップ)を制し(プラティニは1985年、ジダンは2002年)、そして個人の最高の栄誉であるバロンドール(プラティ二は1983年から3年連続、ジダンは1998年)を手にしている。
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 引退後については、プラティニが現役引退からわずか1年後の1988年に代表監督に就任するも、1990年イタリア・ワールドカップ予選は敗退。予選を好内容のサッカーで全勝突破した1992年の欧州選手権も、大会直前でスタイルやメンバーを変更したのが裏目に出てグループリーグ敗退を喫して辞任している。キャリアにおいて監督として実績は残せなかったが、そのカリスマ性は1998年フランスW杯組織委員会委員長、FIFA役員、UEFA会長という仕事に活かされた。

 対してジダンは、2006年の現役引退以降、テレビ解説者を経て、2009年から古巣レアル・マドリーでアドバイザー、スポーツディレクター、下部組織の指導といった業務に携わり、2013年にカルロ・アンチェロッティ監督のアシスタントとしてトップチームのベンチに座ると、資格をめぐるゴタゴタがあったものの、2016年1月にトップチームの監督デビューを果たす。このシーズンにいきなりチャンピオンズ・リーグを制すると、そこから3連覇を達成し、退任、再任を経てラ・リーガでも2度の優勝を飾っている。

 このように、輝かしい経歴を歩んできた2人のレジェンドだが、現在の置かれた状況は好対照である。49歳で先日初孫が誕生したジダンは現在フリーランスながら、自国のパリ・サンジェルマンから監督就任を請われたと報じられ(パリSGのナセル・アル・ケライフィ会長は否定)、自身はフランス代表監督就任を望むなど、引く手あまたという状況と言われているが、66歳の将軍は今、詐欺、横領、汚職の容疑で法廷の被告席に立たされているのだ。
 
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