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Jリーグ・国内

日本で大成するためには――神戸加入のドウグラスが語った“助っ人の心得”【独占インタビュー後編】

多田哲平(サッカーダイジェスト編集部)

2020.04.15

徳島に加入したばかりの頃は日本のサッカーに馴染めず、3年連続4得点止まり。それでも13年には12ゴールを挙げ、チームのJ1昇格に貢献した。写真:滝川敏之

徳島に加入したばかりの頃は日本のサッカーに馴染めず、3年連続4得点止まり。それでも13年には12ゴールを挙げ、チームのJ1昇格に貢献した。写真:滝川敏之

――割り切れていたと。

「常に良いフィーリングでプレーできれば、それに越したことはありません。でも、ダメな時でも我慢して自分のやるべきことを続けていれば、必ずまたチャンスは巡ってくるものだと、そうポジティブに考えていました。いつか必ずチームの力になり、昇格に貢献して、J1でプレーする。その日は絶対にくると信じていたんです」

――実際に、13年に昇格を果たした時はどんな気持ちでしたか?

「四国で初のJ1チームになれましたし、感極まったのを覚えています。ひとつ大きな成功体験でしたね。そういう経験を積み重ねて成長できました」

――15年には広島でベストイレブンに選ばれるほどになりました。

「本当に光栄でした。知ってのとおり、その年はJ1でチャンピオンになったし、リーグ戦で年間21ゴールを取れた。最高の1年でした」

――支えてくれたご家族も喜んでくれたんじゃないですか?

「妻がすごく喜んでくれました。自分のことのようにね。その時にもらったトロフィーは妻が思い出として綺麗に飾ってくれています」
 
■また新たな気持ちで挑戦する活力をくれる。娘は偉大な存在。

――広島や清水で活躍できたのは、単に自信がついたから?苦しんでいた時期と何が変わったのでしょう。

「自信は常にありました。必要だったのは経験です。今までのクラブで体験したことすべてが財産であり、今の自分を形作っている大事な土台です。徳島に加入したばかりの頃のドウグラスと、今神戸にいるドウグラスは、まったくの別人です。チームについていくのに必死だった自分はもういません。チームから何が求められているのかを日々考え、成長してきました。今は日本という土地にも慣れ、ポジショニング、シュートなど技術面も高いレベルにあるっていう自負がある。これからも向上心を忘れずに高みを目指します。まあ、もう僕も引退が近づいていますけどね(笑)」

――いやいや、それは気が早いです。まだ期待していますよ。ゴールパフォーマンスも見たいですし。腕を組むポーズだったり、顔の前でピースサインを作ったり……。あれはオリジナルですか?

「ハハハ。腕組みのポーズは広島時代にやっていたものだね。ブラジルで流行っていた歌のダンスに少しアレンジを加えてみたんだ。ピースサインは、娘を真似たものです。彼女が小さい時の写真を見ると、よく顔の近くでピースをしていてね。娘のほうを指さして真似したのが始まりでした。それから清水のサポーターも真似するようになって、いつしか浸透していきました」
 

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