1970年6月21日 vsイタリア 〇4-1
得点者/ブラジル=ペレ、ジェルソン、ジャイルジーニョ、カルロス・アウベルト
イタリア=ボニンセーニャ
ブラジルが世界中のファンを魅了し、ワールドカップを3度制覇した世界最初の国となった。堅守で鳴るイタリアを、29歳の円熟期にあったキング・ペレ、快速右ウイングのジャイルジーニョ、強烈な左足からのシュートの持ち主リベリーノ、万能型FWトスタンらからなる破壊力抜群のセレソンが粉砕した。
とりわけ、4点目は圧巻。流麗なパスでイタリア守備陣を揺さぶり、ペレがゴール前で悠然とボールをキープしてからノールックで右サイドへ。これを、後方から猛然と駆け上がってきた右SBカルロス・アウベルトが強烈に叩き込んだ。ブラジル人の多くは、このチームをセレソン史上最強とみなしている。
1982年7月5日 vsイタリア ●2-3
得点者/ブラジル=ソクラテス、ファルカン
イタリア=ロッシ③
1970年ワールドカップ後の低迷期を経て、名将テレ・サンタナがジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾからなる黄金の中盤を軸とした美しいチームを作り上げた。その華麗なプレースタイルは「フッチボウ・アルチ」(芸術フットボール)と呼ばれ、世界中のファンを魅了した。
しかし、1982年ワールドカップ準々決勝で難敵イタリアの前に攻守両面でリズムを崩し、パウロ・ロッシにハットトリックを決められて敗れ去った。これほどのチームでも勝てなかったことにブラジルのフットボール関係者、メディア、国民は強い衝撃を受け、以後、セレソンが守備的な方向へ舵を切る分岐点となった。
2014年7月8日 vsドイツ ●1-7
得点者/ブラジル=オスカール
ドイツ=クロース②、シュールレ②、ミュラー、クローゼ、ケディラ
「名勝負」とは言えないが、ブラジルの歴史において忘れてはならない試合だ。二度目の自国開催のワールドカップで、国民は史上6度目の優勝を遂げて1950年の「マラカナンの悲劇」を忘れ去ることを夢見た。しかし、皮肉なことに、この試合でセレソンは未曾有の屈辱を味わい、それゆえ「マラカナンの悲劇」の記憶が薄れることとなった。
準決勝で強豪ドイツと対戦することで、選手たちは極度の緊張と尋常ではないプレッシャーに苛まれていた。序盤に先制され、さらに追加点を奪われて集中力が途切れ、6分間に4失点という悪夢を見た。栄光に彩られたフットボール王国に壊滅的な打撃を与えた試合。以後のセレソンは、この「ミネイロンの惨劇」のショックを乗り越えようともがいている。
文●沢田啓明(フリーライター)
得点者/ブラジル=ペレ、ジェルソン、ジャイルジーニョ、カルロス・アウベルト
イタリア=ボニンセーニャ
ブラジルが世界中のファンを魅了し、ワールドカップを3度制覇した世界最初の国となった。堅守で鳴るイタリアを、29歳の円熟期にあったキング・ペレ、快速右ウイングのジャイルジーニョ、強烈な左足からのシュートの持ち主リベリーノ、万能型FWトスタンらからなる破壊力抜群のセレソンが粉砕した。
とりわけ、4点目は圧巻。流麗なパスでイタリア守備陣を揺さぶり、ペレがゴール前で悠然とボールをキープしてからノールックで右サイドへ。これを、後方から猛然と駆け上がってきた右SBカルロス・アウベルトが強烈に叩き込んだ。ブラジル人の多くは、このチームをセレソン史上最強とみなしている。
1982年7月5日 vsイタリア ●2-3
得点者/ブラジル=ソクラテス、ファルカン
イタリア=ロッシ③
1970年ワールドカップ後の低迷期を経て、名将テレ・サンタナがジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾからなる黄金の中盤を軸とした美しいチームを作り上げた。その華麗なプレースタイルは「フッチボウ・アルチ」(芸術フットボール)と呼ばれ、世界中のファンを魅了した。
しかし、1982年ワールドカップ準々決勝で難敵イタリアの前に攻守両面でリズムを崩し、パウロ・ロッシにハットトリックを決められて敗れ去った。これほどのチームでも勝てなかったことにブラジルのフットボール関係者、メディア、国民は強い衝撃を受け、以後、セレソンが守備的な方向へ舵を切る分岐点となった。
2014年7月8日 vsドイツ ●1-7
得点者/ブラジル=オスカール
ドイツ=クロース②、シュールレ②、ミュラー、クローゼ、ケディラ
「名勝負」とは言えないが、ブラジルの歴史において忘れてはならない試合だ。二度目の自国開催のワールドカップで、国民は史上6度目の優勝を遂げて1950年の「マラカナンの悲劇」を忘れ去ることを夢見た。しかし、皮肉なことに、この試合でセレソンは未曾有の屈辱を味わい、それゆえ「マラカナンの悲劇」の記憶が薄れることとなった。
準決勝で強豪ドイツと対戦することで、選手たちは極度の緊張と尋常ではないプレッシャーに苛まれていた。序盤に先制され、さらに追加点を奪われて集中力が途切れ、6分間に4失点という悪夢を見た。栄光に彩られたフットボール王国に壊滅的な打撃を与えた試合。以後のセレソンは、この「ミネイロンの惨劇」のショックを乗り越えようともがいている。
文●沢田啓明(フリーライター)