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海外サッカー

【ブカツへ世界からの提言】ビエルサら名将を輩出する国ではなぜ暴力的指導がないのか?――日本の“悪しき伝統”をアルゼンチンはどう見るか?

チヅル・デ・ガルシア

2022.07.04

メッシのような天才的なプレーヤーを生み出してきたアルゼンチン。その背景には選手に寄り添った指導法があった。(C)Getty Images

メッシのような天才的なプレーヤーを生み出してきたアルゼンチン。その背景には選手に寄り添った指導法があった。(C)Getty Images

 1993年に開校したビセンテ・ロペス監督養成校は、AFA(アルゼンチン・サッカー協会)とATFA(アルゼンチン監督協会)から正式に認定されている教育機関だ。卒業生の中にはラモン・ディアス(現アル・ヒラル)、リカルド・ガレカ(ペルー代表)、ディエゴ・シメオネ(アトレティコ・マドリー)、マルセロ・ガジャルド(リーベル・プレート)といった世界でも有数の実力者が名を連ね、生徒には現役のプロ選手たちも多い。

 そんな名門校でディレクターを務めながら、自ら教鞭を執るレスクリウも、指導者による選手への暴行について「アルゼンチンではありえない」と断言。そして「仮にそのようなことが起きた場合は資格剥奪を含む処分の対象になる」と言い切る。

「育成世代の指導者は、サッカーを教えるコーチであると同時に教育者でなければならない。この場合の教育者というのは“学校の勉強を教える人”ではなく、一人の人間として成長していくうえで大切なものを教える人を指す。

 大切なものとはつまり、相手を敬うこと、常に謙虚であること、争いではなく話し合いで解決することなどだ。そしてこれらを教えるためには、豊富な経験と知識を持ち、適切な言葉と態度で相手を納得させることのできる“器”がなければならない。力で相手を説得、納得させるようでは教育者とは呼べない」

「サッカーの指導者=教育者」という話は以前、マルセロ・ビエルサの恩師ホルヘ・グリッファからも聞いていた。グリッファは、貧民街からピストルを持ってサッカーの練習に
やって来る少年や、ドラッグ中毒の親からの暴力に悩む少年など、アルゼンチンが抱える社会問題の犠牲となっている子どもたちと文字通り向き合い、ケース・バイ・ケースで対応する必要があると説き、「サッカーの知識だけで選手を育てることはできない」と話してくれた。
 
 レスクリウは、アルゼンチンの監督養成校で必須科目となっている教育心理学が、過酷な環境下に生きる子どもたちの心を理解し、問題がある場合はどのような形で解決できるか、助けてあげられるかを学ぶための重要な役目を果たすと語る。

「アルゼンチンでは例えば、貧困に苦しむ少年が親のプレッシャーを受けながらプロを目指すケースが多く、サッカーは金を稼ぐ手段である以上に楽しむべきものであると気づかせてあげなければならない。

 教育心理学のクラスでは、子どもが悩み、迷っている時にどのようにサポートするべきか、抽象的ではなく具体的に何をするべきかを皆で話し合う。厳しい社会に生きる子どもたちにとってサッカーは希望と夢をもたらし安心できる場であり、その環境を作るのが指導者の役目。実際に指導の現場に出ていく卒業生たちは皆、その大役を果たす準備ができている」

 世界で通用する監督を次々と輩出する国、アルゼンチン。ビエルサ然り、ホセ・ペケルマン然り、選手たちから「監督としてだけでなく人間的に素晴らしい」と慕われる指導者たちが生まれる背景には、教え子一人ひとりの心を大切にする教育者を育てる習慣が根付いているのである。

取材・文文●チヅル・デ・ガルシア text by Chizuru de GARCIA

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