ゴイアニエンセ戦でのスアレスはベンチスタートとなった。だが、試合前のメンバー紹介では他の誰よりも大きな拍手喝采が巻き起こった。
スタジアムDJがスアレスの名前を呼ぶ前に「さあ皆さん、立ってください」と呼びかけるまでもなくスタンドにいた全員が自発的に立ち上がり、GPCには割れんばかりの拍手に続いて「オーレー、オレオレオレー! ルーチョ! ルーチョ!」のコールが鳴り響く。ウルグアイの有力紙『EL PAIS』のフアン・パブロ・ロメロ記者は「控え選手がこれほどの喝采を受けるなんて普通ならありえない」と驚嘆した。
「なんといってもウルグアイ代表の歴代得点王が、まだ現役としてプレーできる時にプロデビューした古巣に戻って来たのだからね。世界的に有名なスター選手が高額な報酬よりもクラブ愛を選んだことは、ナシオナルのサポーターだけでなく、ウルグアイ国民にとって誇らしく喜ばしいことだ」
ロメロ記者の言う通り、代表チームの人気が非常に高いウルグアイでは、ナシオナルのサポーター以外にも今回のスアレスの帰還を喜んでいる人が少なくない。現にアウェーゲームでは、対戦相手のスタジアムに通常を上回る数の観客が集まることが予想されている。W杯を目前に控えた今、身近な国内リーグで、代表チームの花形選手のプレーを堪能できるのは、ウルグアイの人々にとってこれ以上ない贅沢なのだ。
ゴイアニエンセを相手にナシオナルは圧倒的にゲームを支配したがゴールが遠く、しかも23分に1点リードされたことによって、人々の視線はピッチ脇でアップを続けるスアレスに一層集中。現時点で国内での実力No.1プレーヤーと評価され、同じくベンチ要員だった23歳のFWブライアン・オカンポとスアレスの一刻も早い出場を切願する声がスタンドから飛び交った。
ナシオナルのパブロ・レペット監督は、64分にまずオカンポを投入。そして10分後にナシオナルのサポーターが待ち焦がれていた瞬間がついに訪れた。スアレスの登場だ。
ポリカーボネート板に覆われたブース内の記者席にいた私は、スアレスがピッチに入った時、大歓声が衝撃波並の力を発したかのような振動を感じた。前方にいたインターネットラジオのアナウンサーは「スタジアムが崩壊しそうです!」と叫んでいたが、決して大袈裟な表現ではない。それはまさに「スアレス旋風」が巻き起こった瞬間だった。
タイムアップまでの20分間、スアレスは積極的に攻撃に参加。オカンポへの素早いパスから速攻の起点となったほか、エリア内では決定的なアシストも出し、その度に歓声が巻き起こる。それでもナシオナルは得点を挙げることができず、試合は0−1のまま終了。私が「残念でしたね」と言うと、ロメロはこう答えた。
「確かに残念だ。でも今日の結果がスアレス復帰の価値と歓びをかき消すことはない。それはここにいる34000人だけでなく、ウルグアイの人みんながわかっている」
スアレス旋風をもう少し体感したい未練を残しつつモンテビデオを去った私が、ロメロの言葉の意味を理解したのは、復帰デビュー戦から3日後に行なわれたリーグ第2節の対レンティスタス戦だった。
58分に交代出場したスアレスがオカンポの蹴ったCKをヘディングでゴールに叩き込んだ直後、スタンドから崩れ落ちるように狂喜しながら復帰初ゴールを祝福したサポーター。そして、終了間際にスアレスが蹴ったPKを止め、試合後にスター選手から激励された時の写真をまるで勲章のようにツイッターのプロフィール画像に使っているレンティスタスのGKルーカス・マチャード。スアレスが引き起こす現象の全てが、ナシオナルの試合結果以上の影響力を発する。それは、ウルグアイという小さな国で人々の心を動かす大きな力となっている。
フエンテス会長は冒頭の言葉のあとで「スアレスはサッカーにまだ浪漫が健在であることを示してくれた」と語ったが、この復帰の価値を巧みに表した名台詞に強い共感を覚える。そしてナシオナルと、いや、カタールW杯でも続くウルグアイとスアレスの恋の行方が楽しみで仕方ない。
取材・文●チヅル・デ・ガルシア text by Chizuru de GARCIA
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スタジアムDJがスアレスの名前を呼ぶ前に「さあ皆さん、立ってください」と呼びかけるまでもなくスタンドにいた全員が自発的に立ち上がり、GPCには割れんばかりの拍手に続いて「オーレー、オレオレオレー! ルーチョ! ルーチョ!」のコールが鳴り響く。ウルグアイの有力紙『EL PAIS』のフアン・パブロ・ロメロ記者は「控え選手がこれほどの喝采を受けるなんて普通ならありえない」と驚嘆した。
「なんといってもウルグアイ代表の歴代得点王が、まだ現役としてプレーできる時にプロデビューした古巣に戻って来たのだからね。世界的に有名なスター選手が高額な報酬よりもクラブ愛を選んだことは、ナシオナルのサポーターだけでなく、ウルグアイ国民にとって誇らしく喜ばしいことだ」
ロメロ記者の言う通り、代表チームの人気が非常に高いウルグアイでは、ナシオナルのサポーター以外にも今回のスアレスの帰還を喜んでいる人が少なくない。現にアウェーゲームでは、対戦相手のスタジアムに通常を上回る数の観客が集まることが予想されている。W杯を目前に控えた今、身近な国内リーグで、代表チームの花形選手のプレーを堪能できるのは、ウルグアイの人々にとってこれ以上ない贅沢なのだ。
ゴイアニエンセを相手にナシオナルは圧倒的にゲームを支配したがゴールが遠く、しかも23分に1点リードされたことによって、人々の視線はピッチ脇でアップを続けるスアレスに一層集中。現時点で国内での実力No.1プレーヤーと評価され、同じくベンチ要員だった23歳のFWブライアン・オカンポとスアレスの一刻も早い出場を切願する声がスタンドから飛び交った。
ナシオナルのパブロ・レペット監督は、64分にまずオカンポを投入。そして10分後にナシオナルのサポーターが待ち焦がれていた瞬間がついに訪れた。スアレスの登場だ。
ポリカーボネート板に覆われたブース内の記者席にいた私は、スアレスがピッチに入った時、大歓声が衝撃波並の力を発したかのような振動を感じた。前方にいたインターネットラジオのアナウンサーは「スタジアムが崩壊しそうです!」と叫んでいたが、決して大袈裟な表現ではない。それはまさに「スアレス旋風」が巻き起こった瞬間だった。
タイムアップまでの20分間、スアレスは積極的に攻撃に参加。オカンポへの素早いパスから速攻の起点となったほか、エリア内では決定的なアシストも出し、その度に歓声が巻き起こる。それでもナシオナルは得点を挙げることができず、試合は0−1のまま終了。私が「残念でしたね」と言うと、ロメロはこう答えた。
「確かに残念だ。でも今日の結果がスアレス復帰の価値と歓びをかき消すことはない。それはここにいる34000人だけでなく、ウルグアイの人みんながわかっている」
スアレス旋風をもう少し体感したい未練を残しつつモンテビデオを去った私が、ロメロの言葉の意味を理解したのは、復帰デビュー戦から3日後に行なわれたリーグ第2節の対レンティスタス戦だった。
58分に交代出場したスアレスがオカンポの蹴ったCKをヘディングでゴールに叩き込んだ直後、スタンドから崩れ落ちるように狂喜しながら復帰初ゴールを祝福したサポーター。そして、終了間際にスアレスが蹴ったPKを止め、試合後にスター選手から激励された時の写真をまるで勲章のようにツイッターのプロフィール画像に使っているレンティスタスのGKルーカス・マチャード。スアレスが引き起こす現象の全てが、ナシオナルの試合結果以上の影響力を発する。それは、ウルグアイという小さな国で人々の心を動かす大きな力となっている。
フエンテス会長は冒頭の言葉のあとで「スアレスはサッカーにまだ浪漫が健在であることを示してくれた」と語ったが、この復帰の価値を巧みに表した名台詞に強い共感を覚える。そしてナシオナルと、いや、カタールW杯でも続くウルグアイとスアレスの恋の行方が楽しみで仕方ない。
取材・文●チヅル・デ・ガルシア text by Chizuru de GARCIA
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