海外テニス

世界を感動させた、大坂なおみの全米3回戦。15歳ガウフとの心温まるシーンに隠された、ある思いとは……

内田暁

2019.09.02

「最初から最後までハッピーだった」。大坂なおみは天才15歳との戦いを心か楽しんでいた。写真:山崎賢人(スマッシュ写真部)

全米オープン女子シングルス3回戦/8月31日(現地時間)
大坂なおみ(JPN)6-3 6-0 C・ガウフ(USA)

 アーサー・アッシュ・スタジアムに歩みを進めるその通路で、彼女は、涙ぐんでいたという。全米オープン3回戦。対戦相手は、自分より6歳年少のココ・ガウフ。その15歳が、戦いの場に向かう直前に父親とハグを交わす姿を見て、大坂は「お願いだから、試合前にそれを見せないで……」と、胸をしめつけられていた。それは大坂に、自身の若き日をも呼び起こす、郷愁のシーンだったからだ。

 大坂は今大会、これまでもガウフに対し、共感と親愛の情を幾度も口にしていた。ロッカールームで1人、ヘッドフォンで耳を塞ぎ誰とも話さぬガウフの姿を見て、「私のようだ……」と自分を重ねもしたという。

「自分の殻から出てきて欲しい」

 孤独そうな15歳を見てそう願った時、ふと、「これは周囲の人が、私に対して感じていたことでもあるんだろうな」とも思う。どこか自分に似たガウフを見ることで、彼女は、自身に対する客観的な視座をも獲得していた。

 そのような、胸に去来する数々の感情や思い出は、大坂に、なぜ彼女がテニスをするのかという原点を思い出させもしたはずだ。
 この試合中、大坂は自分の良いプレーのみならず、ガウフのウイナーにすら笑みをこぼした。それは彼女が劣勢時に時おり見せる、自虐的な笑いではない。自分のプレーのレベルが高いこと。相手もそれに応じていること。その高質な戦いが自分の集中力を高め、全てのプレーで「ファイト」できていること――。

「この瞬間のために、私はいつも練習しているんだ。これこそが、真の"バトル"だ」

 そう感じた時、彼女は、湧き上がる笑みをこらえることができなかったという。試合中にそこまでの高揚感や幸福感を覚えたのは、全豪オープンの決勝以来だった。
 
 大坂が、「試合の最初から最後までハッピーだった」と思えるほどに好調だった事実は、第1セットは85%、第2セットでは100%を記録した、相手サービスの返球率に象徴的に投影される。

 リターンで遮二無二打つことなく、きっちり相手コートに返す……それこそが彼女がこの数カ月間、集中的に取り組んできたことだからだ。
 
 そして、リターンに見られる冷静で研ぎ澄まされた精神状態は、全てのプレーにも波及する。竹のようにしなやかな肢体を持つガウフは、スピードと柔軟性を生かした守備が武器。だが大坂は、打ち返されてもその度に深く踏み込み、より確実性が高く、なおかつ相手にダメージを与えるショットを打ち込んでいく。

 印象的なのは第1セットの第6ゲーム、バックでスピンを掛けたショートアングルを2本立て続けに打ち、3本目は同じコースながら、フラットの強打でウイナーを決めた一打。あるいは4-0とリードした第2セットで、ガウフを左右に振りボレーで仕留めた場面は、両者の持ち味が真っ向からぶつかり合う、息づまる攻防だった。高い集中力を切らさぬ大坂は、第2セットは相手に1ゲームも与えることなく、最後はサービスウイナーで注目の一戦に一気にかたをつける。ガウフ贔屓の歓声もほとんど耳に入らぬほどに、彼女は「バトル」に入りこんでいた。
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試合終えたコート上では感動のシーンが