海外テニス

オーストラリア伝統のネットプレーを体現したラフター。ボレーで仕上げるのではなく、ボレーで勝負!【レジェンドFILE30】

スマッシュ編集部

2020.10.21

稀代のサーブ&ボレーヤー、ラフター。強い足腰を生かしたボレーで、厳しいパスも壁のように跳ね返した。写真:スマッシュ写真部

 ゴラン・イバニセビッチがサービス主体なら、パトリック・ラフターはサービスとボレーを融合させてポイントを挙げるタイプのプレーヤーだったと言える。

 現代テニスでは、サービスやアプローチで優位を築いてネットに詰め、ボレーは仕上げとして使うのが主流。しかし、オーストラリアは伝統的にまずサービスを入れることが先決で、勝負はボレーでするという傾向が強い。ラフターもその範疇に入るだろう。

 ラフターと戦った経験がある松岡修造は「ラフターがネットに出てくる時の圧がすごくて、まともにパッシングが打てなかった」と語ったことがあるが、その同じ言葉をパット・キャッシュの印象として昔の選手から聞いたことがある。これが"オーストラリアン・テニス"の遺伝子だ。
 
 もちろん厳しいパスを受ける場面も増えるが、そこは強い足腰とネットでの経験値で乗り切った。重心を低くして壁のようにネットに立ちはだかり、予測良く右に左に飛んでパスをカット。この連続写真のようなボレーが、ラフターの、いやオーストラリア選手の真骨頂だ。

 ラフター以降、オーストラリアが生んだトップ選手と言えばレイトン・ヒューイットが挙げられるが、ストロークを得意としていた彼にしても、ネットに出た時のボレーは高い技量を備え、ダブルスでも全米オープンの優勝経験がある。

【プロフィール】パトリック・ラフター/Patrick Rafter(AUS)
1972年生まれ。ATPランキング最高位1位(99年7月)。グランドスラム通算2勝(US:97・98年)。サーブ&ボレーを武器に、全米2連覇を達成した他、99年全豪ダブルス優勝。フェデラーと3回以上戦って1度も負けたことがない唯一のプレーヤーでもある。ウインブルドンでは2度決勝へ進出するも、2000年はサンプラスに、01年はイバニセビッチに敗れて準優勝となった。選手としての活動期間は比較的短く、01年デビスカップ決勝を最後に28歳で現役引退。11~15年にはデ杯オーストラリア代表監督を務めた。

編集協力●井山夏生 構成●スマッシュ編集部

【PHOTO随時更新】ラフターをはじめ、サンプラス、アガシらレジェンドの希少な分解写真
NEXT
PAGE
【動画】全米オープンを制したラフターのハイライト映像はこちら