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国内テニス

キレイなテニスをするフェレーロをマネし、今はテニス界のエンターテイナー、バーラミに憧れる ~綿貫裕介【プロが憧れたプロ|第11回】

赤松恵珠子(スマッシュ編集部)

2020.10.27

イケメンの元世界1位のフェレーロ。綿貫は憧れて同じラケットにしていた時期もあるという。(C)Getty Images、スマッシュ編集部

イケメンの元世界1位のフェレーロ。綿貫は憧れて同じラケットにしていた時期もあるという。(C)Getty Images、スマッシュ編集部

 現在、プロとして活躍している選手も、現役を引退してコーチをしている人も、小さい頃には憧れのプロがいたはずだ。【プロが憧れたプロ】シリーズの第11回は、ミックスダブルスでウインブルドン本戦勝利を挙げた綿貫裕介氏に話を聞いた。

   ◆   ◆   ◆

 小学生ぐらいから憧れていた選手は、ホアン・カルロス・フェレーロだと言う綿貫。フェレーロは2003年にクレーの全仏オープンで優勝している元ナンバー1選手。当時のスペイン人選手には珍しく、クレー以外のサーフェスでも結果を出していた選手でもある。

「テレビでグランドスラムなどを見ていて、芝でも勝っていてカッコイイな、イケメンだなと(笑)。テニスがキレイでした」。綿貫はフラット系のショットを軸に、自分から攻撃し展開していくプレースタイルだっただけに、“キレイなテニス”は憧れだった。

 フェレーロは、183センチ、73キロで、現役当時のニックネームは「モスキート(蚊)」。つまり、ツアーの中で、やせていることで目立つほどの体型だった。「プロでも華奢な人がこれだけ打てるんだ」と感じた綿貫はフォームを参考にし始める。
 
「フォームが大きくて、身体を使って打っていました。自分はコンパクトなフォームだったので、身体を使っていけるように、筋肉を付けていこう。鍛えないといけないと思いました」と、フォーム改良のアイデアを得るに至っている。

 そんなフェレーロと遭遇できたのは、「AIGオープン(現:楽天オープン)」へ観戦に行った時。近くのコンビニエンスストアに、偶然フェレーロがいたのだ。急いでペンを購入して、サインをお願いしたら、快くしてくれたという。「フェデラーの練習も会場で見ましたが、それよりもうれしかった。めっちゃうれしかったです」と当時を振り返る。

 プロになってからも、中国の大会で引退したフェレーロに会っている。フェレーロのアカデミーが監修している大会で、ちょうど中国の選手を練習コートで指導していたのだ。「基本に忠実だな」と思いながら、指導する様子を見ていた。綿貫にとってフェレーロは、自分のプレーに影響を与えた選手であり、引退した後も尊敬できる人物だった。
 
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