「スピーチを用意してきたんだ。ちゃんと話せるか、わからなかったから……」
いつもの、はにかんだ優しい笑みは、涙で少しばかり歪んでいた。筋肉の盛り上がった大きな背を丸め、折りたたんだメモ用紙を丁寧に開くと、彼は会場に足を運んだ両親に、友人に、恩師たちに、そして詰めかけた15,000人のファンに、別れの言葉を語りかける。
地元フランスの人気選手、ジョー-ウィルフリード・ツォンガはこの日、キャリア最後のシングルスの試合を、思い出の詰まるコート・フィリップシャトリエで戦い終えた。
2008年の全豪オープンで決勝に進出し、躍動感とカリスマの象徴と目された“テニス界のモハメド・アリ”も、37歳を迎えた。ここ数年は出場試合数も限られ、現在のランキングは297位。
そのツォンガが初戦で対戦したのは、世界8位で23歳のキャスパー・ルード。“二世プレーヤー”として10代の頃から注目され、誠実に上位への道を歩んできた、現テニス界の中心選手だ。
紙の上の数字だけを見れば、ツォンガが勝つ要素はほとんどないようにも見える。だが、それら机上の空論を覆す何かが宿るのがコート・フィリップシャトリエであり、それを引き寄せられるのが、ツォンガという選手である。
相手が、弱点であるバックハンドを攻めてくるのは、百も承知。その上で、相手のボールが浅くなればリスクを取って回りこみ、渾身のフォアを叩き込むのがツォンガの流儀だ。過去に、ロジャー・フェデラーやラファエル・ナダルをも打ち破ってきたその武器で、ツォンガはルードとも互角に渡り合う。
第1セットは、タイブレークの末にツォンガの手に。第2セットは逆に、タイブレークでルードが奪い返した。第3セットは、定石の攻めでポイントを重ねるルードが圧倒。この時点で、試合の趨勢は決したかに思われた。
だが、“ジョーコール”を叫び続けるファンの声が、あるいはコートの隅々に染み込む勝利と歓喜の記憶が、限界を超えてツォンガを突き動かす。第4セットの5-5で迎えたリターンゲーム。ブレークチャンスを手にしたツォンガは、バックサイドに来たショットを回り込み、フォアで逆クロスに叩き込んだ。深い強打は相手のラケットを弾き、ツォンガがブレークを奪う。コートはこの日最大の歓声に包まれ、フランス国家『ラ・マルセイエーズ』の大合唱がスタンドを揺らした。
いつもの、はにかんだ優しい笑みは、涙で少しばかり歪んでいた。筋肉の盛り上がった大きな背を丸め、折りたたんだメモ用紙を丁寧に開くと、彼は会場に足を運んだ両親に、友人に、恩師たちに、そして詰めかけた15,000人のファンに、別れの言葉を語りかける。
地元フランスの人気選手、ジョー-ウィルフリード・ツォンガはこの日、キャリア最後のシングルスの試合を、思い出の詰まるコート・フィリップシャトリエで戦い終えた。
2008年の全豪オープンで決勝に進出し、躍動感とカリスマの象徴と目された“テニス界のモハメド・アリ”も、37歳を迎えた。ここ数年は出場試合数も限られ、現在のランキングは297位。
そのツォンガが初戦で対戦したのは、世界8位で23歳のキャスパー・ルード。“二世プレーヤー”として10代の頃から注目され、誠実に上位への道を歩んできた、現テニス界の中心選手だ。
紙の上の数字だけを見れば、ツォンガが勝つ要素はほとんどないようにも見える。だが、それら机上の空論を覆す何かが宿るのがコート・フィリップシャトリエであり、それを引き寄せられるのが、ツォンガという選手である。
相手が、弱点であるバックハンドを攻めてくるのは、百も承知。その上で、相手のボールが浅くなればリスクを取って回りこみ、渾身のフォアを叩き込むのがツォンガの流儀だ。過去に、ロジャー・フェデラーやラファエル・ナダルをも打ち破ってきたその武器で、ツォンガはルードとも互角に渡り合う。
第1セットは、タイブレークの末にツォンガの手に。第2セットは逆に、タイブレークでルードが奪い返した。第3セットは、定石の攻めでポイントを重ねるルードが圧倒。この時点で、試合の趨勢は決したかに思われた。
だが、“ジョーコール”を叫び続けるファンの声が、あるいはコートの隅々に染み込む勝利と歓喜の記憶が、限界を超えてツォンガを突き動かす。第4セットの5-5で迎えたリターンゲーム。ブレークチャンスを手にしたツォンガは、バックサイドに来たショットを回り込み、フォアで逆クロスに叩き込んだ。深い強打は相手のラケットを弾き、ツォンガがブレークを奪う。コートはこの日最大の歓声に包まれ、フランス国家『ラ・マルセイエーズ』の大合唱がスタンドを揺らした。