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海外テニス

引退直前の女王セレナ・ウィリアムズに熱狂する全米オープン!客席にはクリントン元大統領の姿も<SMASH>

内田暁

2022.08.31

スタンドにはクリントン元大統領も駆けつけるなど女子テニス界の歴史を塗り替えてきた女王セレナのラストステージに向けて全米中が熱狂している。(C)Getty Images

スタンドにはクリントン元大統領も駆けつけるなど女子テニス界の歴史を塗り替えてきた女王セレナのラストステージに向けて全米中が熱狂している。(C)Getty Images

 世界最大のテニス専用競技場“アーサーアッシュスタジアム”にダンカ・コブニッチが入場した後、続いて登場するはずの対戦者は、すぐには姿を現さなかった。

 代わりに、スタジアム内には軽快な音楽が響き、巨大スクリーンには映像が映し出される。

「“女王の中の女王”の登場よ」のナレーションに合わせ、スクリーンの中で“女王”は、走り、叫び、ボールを叩き、そして幾度も、幾度も、繰り返し、繰り返し、銀のトロフィーを頭上に掲げる。

「ありがとう、心の底から」——。

 情感たっぷりにエピローグを読み上げるのは、ラッパー/女優のクイーン・ラティファだ。

 感傷的な“女王の共演”の動画が終わると、スクリーンの映像は、センターコートへと続く通路に切り替わる。

 暗闇から歩みを進める人物は、スマートフォンを受け取るとサイドバッグにしまい、次に差し出されたラケットバックを肩に担いだ。彼女が肩を揺らして足を踏み出すごとに、センターコートの照明が、その姿を浮かび上がらせる。

 やがて彼女がコートに姿を現すと、爆ぜる大歓声が、スクリーンの映像と現実を重ねた。

「史上最高のプレーヤー! セレナ、ウィリアムズ!」

 コートアナウンサーの煽情的なコールにも、ハイタッチを望むように差し出されるファンの手にも、彼女は厳しい表情を変えることなく、自分のベンチへと進んでいく。

 23のグランドスラム・シングルスのタイトルに加え、14のダブルス優勝、そして単複総計4を数えるオリンピック金メダル。あまりに煌びやかな戦績を誇るセレナ・ウィリアムズは、この全米オープンを最後に、テニス界から去ることを表明している。

 8月29日の対コブニッチ戦は、あるいは最後になるかもしれない、セレナの初戦であった。
 
 セレナがポイントを決めるたびに、まるで優勝したかのような歓声が沸き起こるセンターコートは、まさしく女王のための舞台。連続ダブルフォルトでブレークを献上したコブニッチは、セレナの勝利を望む2万人の思いに、押しつぶされたかに見えた。

 ただ、「センターコートでセレナと対戦できることがうれしかった」と後に笑顔で語るコブニッチが、コート上で直面していたのは、もっと現実的な悩みだ。

「コート内は常にうるさくて、自分がボールを打つ音も、セレナが打つ音も聞こえなかった。タイミングが取りにくかったし、ショットのコースを読むのもすごく難しかった」

 それが、彼女にミスが増えた理由。とりわけサービスに関しては、アリーナの独特の構造が彼女を戸惑わせた。

「決してナーバスになっていた訳ではない。ただあのコートは、トスのボールがすごく見づらかった。屋根のせいだと思うけれど……」

 5年前に、アーサーアッシュアリーナに増築された開閉式屋根は、その実、常に上空の半分近くを覆っている状態。コートから見上げる空は四角く切り取られ、その周辺には人工的な照明が滲む。しかも時間の流れに応じ、色調は変化していくのだ。

 そのあまりに特異な状況が、初めてこのコートに立つ者を悩ませた。

 対するセレナは、誰よりも多くこの舞台を支配してきた城主である。コートに立ったその時点で、圧倒的なアドバンテージが彼女にはあった。

 マッチポイントでは、観客の大半が立ち上がり、スマホを顔の前に掲げて固唾を飲む珍しい光景の中、最後はコブニッチのショットがネットを叩いた。

 試合後に行なわれたささやかなセレモニーは、“セレナが勝ったバージョン”として、周到に用意されたものだろうか? 

 ビリー・ジーン・キングからの祝辞を、そしてビル・クリントン元大統領らが顔をそろえるVIPボックスからの拍手を受け、彼女は、二日後には再び立つことが約束されたセンターコートを後にする。

“女王の中の女王”のラストダンスは、まだ終わらない。

現地取材・文●内田暁

【PHOTO】全米オープン2022で熱戦を繰り広げるセレナら女子選手たちの厳選写真!
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