80年代のテニス界で人気を博した金髪の貴公子ボリス・ベッカー。四大大会ではウインブルドン3勝を含む計6度の優勝を誇るレジェンドだが、今年4月に自身の破産宣告を巡る裁判で禁固2年半の実刑判決を受け、現在はロンドン郊外の刑務所に収監されている。
あれから約7カ月が過ぎた12月14日、『Apple TV+』が2部構成によるベッカーのドキュメンタリーの完成を発表。ここにきて再び話題を集めている。
元世界王者がなぜこのような結果に至ってしまったのか。ベッカーとは16歳の時から交流のあるスイス人記者レネ・シュタウファー氏が、あらためてその経緯と真相を綴った。
◆ ◆ ◆
弱冠17歳でウインブルドンを制覇するや瞬く間にドイツ中を熱狂させ、一時は国技のサッカーを凌ぐほどにまでテニス人気を広めた。あっという間に頂点に達したが、逆に奈落の底まで見事に落ちぶれた選手でもある。
グランドスラムで6度の優勝を飾った英雄は今、2017年の破産の際に250万ポンド(約4億円)相当の資産やローンを隠匿したとする金融犯罪の罪でロンドンの刑務所に収監された。6平方メートルの独房暮らしだそうだ。懲役2年半の判決で、最低でも刑期の半分は服役することになるだろう。
著者がベッカーと出会ったのは彼が16歳の時。初めてその名前を聞いたのは1984年6月25日、ウインブルドンのプレスセンターで友人のドイツ人記者に襟首をつかまれた時だった。友人は興奮気味に「見てほしい選手がいるんだ」と誘った。
友人に引きずられるようにして行くと、眉毛が赤くて、目が青い、赤毛の選手が私の視界に入った。16歳ながらすでに大人の体格でパワーもすごい。おまけにリスキーなストローク。「こんな若者、見たことない」が第一印象だった。
ベッカーはウインブルドンの初戦でブレイン・ウィレンボーグをストレートで下した。すでにドイツ代表のクラウス・ホーフゼス監督がこう語っていたのを思い出した。「フォアハンドが上達するというなら、彼はネズミでも食べるだろう。まるで悪魔との契約みたいにな」
ベッカーは3回戦まで進んだが足を捻挫して途中棄権。そこでその夜にインタビューをすることになった。私とドイツ人記者が彼の部屋に入ると、ベッドの上でテレビ画面を見つめ「これ俺だよ、俺!」と大声を発し続けていた。私たちは彼が喜びのあまりベッドから落ちるのではないかと心配になったほどだ。
当時16歳の彼は、こうした“選択的知覚”(※自分にとって重要だと認識された情報だけを選択し、それに注意を向ける認知機能)の持ち主で、一つの目標にしか集中できず、ネガティブなことやリスクを意識から排除できた。
それはテニスでは役に立ったが、実生活では命取りになることもある。何をやっても許される、そしてお金がたくさんあることに慣れてしまい、自分が法律の上に立つ存在だと錯覚したのも、そうした心理が働いたからだろう。
あれから約7カ月が過ぎた12月14日、『Apple TV+』が2部構成によるベッカーのドキュメンタリーの完成を発表。ここにきて再び話題を集めている。
元世界王者がなぜこのような結果に至ってしまったのか。ベッカーとは16歳の時から交流のあるスイス人記者レネ・シュタウファー氏が、あらためてその経緯と真相を綴った。
◆ ◆ ◆
弱冠17歳でウインブルドンを制覇するや瞬く間にドイツ中を熱狂させ、一時は国技のサッカーを凌ぐほどにまでテニス人気を広めた。あっという間に頂点に達したが、逆に奈落の底まで見事に落ちぶれた選手でもある。
グランドスラムで6度の優勝を飾った英雄は今、2017年の破産の際に250万ポンド(約4億円)相当の資産やローンを隠匿したとする金融犯罪の罪でロンドンの刑務所に収監された。6平方メートルの独房暮らしだそうだ。懲役2年半の判決で、最低でも刑期の半分は服役することになるだろう。
著者がベッカーと出会ったのは彼が16歳の時。初めてその名前を聞いたのは1984年6月25日、ウインブルドンのプレスセンターで友人のドイツ人記者に襟首をつかまれた時だった。友人は興奮気味に「見てほしい選手がいるんだ」と誘った。
友人に引きずられるようにして行くと、眉毛が赤くて、目が青い、赤毛の選手が私の視界に入った。16歳ながらすでに大人の体格でパワーもすごい。おまけにリスキーなストローク。「こんな若者、見たことない」が第一印象だった。
ベッカーはウインブルドンの初戦でブレイン・ウィレンボーグをストレートで下した。すでにドイツ代表のクラウス・ホーフゼス監督がこう語っていたのを思い出した。「フォアハンドが上達するというなら、彼はネズミでも食べるだろう。まるで悪魔との契約みたいにな」
ベッカーは3回戦まで進んだが足を捻挫して途中棄権。そこでその夜にインタビューをすることになった。私とドイツ人記者が彼の部屋に入ると、ベッドの上でテレビ画面を見つめ「これ俺だよ、俺!」と大声を発し続けていた。私たちは彼が喜びのあまりベッドから落ちるのではないかと心配になったほどだ。
当時16歳の彼は、こうした“選択的知覚”(※自分にとって重要だと認識された情報だけを選択し、それに注意を向ける認知機能)の持ち主で、一つの目標にしか集中できず、ネガティブなことやリスクを意識から排除できた。
それはテニスでは役に立ったが、実生活では命取りになることもある。何をやっても許される、そしてお金がたくさんあることに慣れてしまい、自分が法律の上に立つ存在だと錯覚したのも、そうした心理が働いたからだろう。