大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心をのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。前回に引き続き、ステフィ・グラフを取り上げよう。
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大いなる可能性を秘めたグラフへの期待
フォアハンドの強打をマスターしたグラフが、世界的に存在を知られるようになったのは1984年のことである。この年、彼女はロサンゼルス・オリンピックの公開競技で金メダルを獲得した。まだ15歳の若さだったが、その力強いプレーに誰もが驚いた。アーサー・アッシュもグラフのフォアハンドに注目した1人である。彼はこう分析している。
「グラフの強烈なフォアハンドを生み出しているのは、体重の巧みな乗せである。この体重の前方への乗せは力強く、あたかもボールにアタックしているかのようだ」
アッシュの指摘する通り、グラフはインパクトの瞬間に身体の全パワーをボールに注ぎ込んでいる。これができるのも、集中力が人並以上に優れているからである。しかも、高い打点で打たれたボールは角度もあり実に効果的だ。相手にすれば、グラフにフォアハンドを何本も打たれると、ボールを追いかけるだけで精神的に参ってしまうのではないか。まるで2階からボールを叩き込まれるような重圧を感じるはずだ。
しかし、不安がないわけではない。打点を高く取ろうとするあまり、身体を伸び上がらせて打つシーンもしばしば見られる。腰の位置より打点を高く上げれば上げるほど腕や肩に余分な負担がかかる。グラフは今のところ試合数を絞っているので問題はないが、もし試合が立て込んできた時に疲労から腕や肩を痛めないとも限らない。長くプレーするためには、“休養も練習のうち”だという認識を持つことも大切だろう。
ロサンゼルス・オリンピックの金メダルをステップに、自らの才能を一気に開花させたグラフは、1987年、全仏オープンに優勝して初めてのグランドスラムタイトルを獲得した。これまで女子テニス界に君臨していた2強の一角、エバートを追い抜き今やナブラチロワに並ぼうかという勢いである。
もう、次代の女王がグラフであることを疑う者は誰もいない。それなのに、グラフの周辺はこのところ妙に騒騒しい。彼女の活躍を手放しで歓迎しないムードすらテニス界にはある。問題は父親のペーターだ。
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大いなる可能性を秘めたグラフへの期待
フォアハンドの強打をマスターしたグラフが、世界的に存在を知られるようになったのは1984年のことである。この年、彼女はロサンゼルス・オリンピックの公開競技で金メダルを獲得した。まだ15歳の若さだったが、その力強いプレーに誰もが驚いた。アーサー・アッシュもグラフのフォアハンドに注目した1人である。彼はこう分析している。
「グラフの強烈なフォアハンドを生み出しているのは、体重の巧みな乗せである。この体重の前方への乗せは力強く、あたかもボールにアタックしているかのようだ」
アッシュの指摘する通り、グラフはインパクトの瞬間に身体の全パワーをボールに注ぎ込んでいる。これができるのも、集中力が人並以上に優れているからである。しかも、高い打点で打たれたボールは角度もあり実に効果的だ。相手にすれば、グラフにフォアハンドを何本も打たれると、ボールを追いかけるだけで精神的に参ってしまうのではないか。まるで2階からボールを叩き込まれるような重圧を感じるはずだ。
しかし、不安がないわけではない。打点を高く取ろうとするあまり、身体を伸び上がらせて打つシーンもしばしば見られる。腰の位置より打点を高く上げれば上げるほど腕や肩に余分な負担がかかる。グラフは今のところ試合数を絞っているので問題はないが、もし試合が立て込んできた時に疲労から腕や肩を痛めないとも限らない。長くプレーするためには、“休養も練習のうち”だという認識を持つことも大切だろう。
ロサンゼルス・オリンピックの金メダルをステップに、自らの才能を一気に開花させたグラフは、1987年、全仏オープンに優勝して初めてのグランドスラムタイトルを獲得した。これまで女子テニス界に君臨していた2強の一角、エバートを追い抜き今やナブラチロワに並ぼうかという勢いである。
もう、次代の女王がグラフであることを疑う者は誰もいない。それなのに、グラフの周辺はこのところ妙に騒騒しい。彼女の活躍を手放しで歓迎しないムードすらテニス界にはある。問題は父親のペーターだ。