ファイナルセットで3-0とリードし、さらに3連続ブレークポイントをつかみながら、その機を逃す――。
この時、多くの日本のテニス関係者や観客の脳裏に、前日の出来事がよぎっただろう。その出来事とは、全仏オープン女子単1回戦の、日比野菜緒対フリードサム戦。この試合で日比野は、同じ状況、同じスコアから、最終的に逆転負けを喫した。
「最悪だ、ハマったわ!」
コートに立つ当人の脳裏にも、デジャブ的な凶兆が浮かぶ。
「菜緒がどうこうとかじゃないんですが、さすがに、よぎっちゃったんで」――。
全仏オープン男子単1回戦の、西岡良仁対JJ・ウルフ戦。第1、2セットを落とすも、第3、4セットを取り返した西岡が、主導権も流れもつかんだまま挑んだ、第5セットでの局面であった。
現在世界33位、今大会の第27シードにつける西岡だが、クレーコートシーズンに入ってからは、もどかしい戦いが続いていた。
「この3か月くらい、ブレークポイントまでは行けるのに、そこからの1本が全然取れない。テニス事態は悪くないのに、流れが来ない」
自身でも「なぜかわからない」というその泥沼に、この日の試合でも序盤にハマる。第1セットでは、6本のブレークポイント全てを逃した。第2セットは相手に与えた3本のブレークポイントを、全て取られてしまう。
「自分の方がクレーのテニスができている。相手は一発頼りで、でもそれがうまくいっている」
その事実に苛立ち、混乱もしかけた。自身が、過去に2セットダウンから逆転勝利したことのない現実も、重くのしかかってくる。
だから西岡は、ある時点で「あんまり考えるのは、やめた」
目の前のボールのみに集中し、「流れ」や「確立」は一旦脇に置く。すると、それまで飛ばしに飛ばした相手選手に、変調も現れた。第3セット中盤で明らかに右手がケイレンし、アンダーサーブを打つ場面も。失速した相手を捕え、まずは1セットを奪取。第4セットも序盤でブレークし、これまで逃していた「流れ」をついに引き寄せた。
ファイナルセットも3ゲーム連取し、4ゲーム目にも手を掛ける。その疾走に突如生じたつまずきが、冒頭の局面である。頭に浮かぶ「嫌な予感」をなぞるように、続くゲームはラブゲームでブレークされた。
果たしてこの時の西岡が、敗戦後の日比野が口にした「前に行く足が止まってしまった」の悔恨の弁を、知っていたかはわからない。ただ彼は、「なるべく前に入らなきゃいけないって思いながらやっていた」と振り返る。
それがうまくいかないこともあった。実際にブレークされたゲームでは、相手の強打に立て続けに抜かれもした。それでも「最後の最後はもう、とりあえず打つしかないと思った」と西岡は言う。逆クロスを打つと同時にネットにつめ、スマッシュで決めて勝利を手にした時、彼は背中から崩れるようにその場に倒れる。それは、貫いた信念を象徴する瞬間だった。
人生初の“2セットダウンからの逆転”で、結果的には勢いをつけて2回戦へと駆け込める。
次に対戦するマックス・パーセルは、今季ランキングを上げてはいるが、クレーの試合は直近のリヨン大会のみ。それも初戦で敗れている。
西岡が欲し続けてきた「流れ」に飛び乗る上での、好機となりえる一戦だ。
現地取材・文●内田暁
【PHOTO】全仏オープン2023で奮闘する西岡良仁ら男子選手たちの厳選写真!
この時、多くの日本のテニス関係者や観客の脳裏に、前日の出来事がよぎっただろう。その出来事とは、全仏オープン女子単1回戦の、日比野菜緒対フリードサム戦。この試合で日比野は、同じ状況、同じスコアから、最終的に逆転負けを喫した。
「最悪だ、ハマったわ!」
コートに立つ当人の脳裏にも、デジャブ的な凶兆が浮かぶ。
「菜緒がどうこうとかじゃないんですが、さすがに、よぎっちゃったんで」――。
全仏オープン男子単1回戦の、西岡良仁対JJ・ウルフ戦。第1、2セットを落とすも、第3、4セットを取り返した西岡が、主導権も流れもつかんだまま挑んだ、第5セットでの局面であった。
現在世界33位、今大会の第27シードにつける西岡だが、クレーコートシーズンに入ってからは、もどかしい戦いが続いていた。
「この3か月くらい、ブレークポイントまでは行けるのに、そこからの1本が全然取れない。テニス事態は悪くないのに、流れが来ない」
自身でも「なぜかわからない」というその泥沼に、この日の試合でも序盤にハマる。第1セットでは、6本のブレークポイント全てを逃した。第2セットは相手に与えた3本のブレークポイントを、全て取られてしまう。
「自分の方がクレーのテニスができている。相手は一発頼りで、でもそれがうまくいっている」
その事実に苛立ち、混乱もしかけた。自身が、過去に2セットダウンから逆転勝利したことのない現実も、重くのしかかってくる。
だから西岡は、ある時点で「あんまり考えるのは、やめた」
目の前のボールのみに集中し、「流れ」や「確立」は一旦脇に置く。すると、それまで飛ばしに飛ばした相手選手に、変調も現れた。第3セット中盤で明らかに右手がケイレンし、アンダーサーブを打つ場面も。失速した相手を捕え、まずは1セットを奪取。第4セットも序盤でブレークし、これまで逃していた「流れ」をついに引き寄せた。
ファイナルセットも3ゲーム連取し、4ゲーム目にも手を掛ける。その疾走に突如生じたつまずきが、冒頭の局面である。頭に浮かぶ「嫌な予感」をなぞるように、続くゲームはラブゲームでブレークされた。
果たしてこの時の西岡が、敗戦後の日比野が口にした「前に行く足が止まってしまった」の悔恨の弁を、知っていたかはわからない。ただ彼は、「なるべく前に入らなきゃいけないって思いながらやっていた」と振り返る。
それがうまくいかないこともあった。実際にブレークされたゲームでは、相手の強打に立て続けに抜かれもした。それでも「最後の最後はもう、とりあえず打つしかないと思った」と西岡は言う。逆クロスを打つと同時にネットにつめ、スマッシュで決めて勝利を手にした時、彼は背中から崩れるようにその場に倒れる。それは、貫いた信念を象徴する瞬間だった。
人生初の“2セットダウンからの逆転”で、結果的には勢いをつけて2回戦へと駆け込める。
次に対戦するマックス・パーセルは、今季ランキングを上げてはいるが、クレーの試合は直近のリヨン大会のみ。それも初戦で敗れている。
西岡が欲し続けてきた「流れ」に飛び乗る上での、好機となりえる一戦だ。
現地取材・文●内田暁
【PHOTO】全仏オープン2023で奮闘する西岡良仁ら男子選手たちの厳選写真!