海外テニス

【東レPPO】大健闘の本玉真唯、女王シフィオンテクを苦しめたテニスに隠された覚悟の独り立ち<SMASH>

内田暁

2023.09.28

予選勝ち上がりながら持ち味を発揮して女王シフィオンテクを苦しめた本玉真唯。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

 相手のセカンドサーブになると、ベースラインから一歩、二歩……とジリジリと歩みを進め、ラインの1メートルほど内側でラケットを構える。その高いポジションから、ボールに身体をぶつけるように飛び込み深くリターンを打ち返すと、あのイガ・シフィオンテクが差し込まれ、返球が大きく浮き上がった。さらに続くポイントでは、シフィオンテクがダブルフォールトを犯す。

 試合開始から約15分、本玉真唯がブレークをもぎ取る。高いリターンポジションからの、攻撃的リターン。ベースラインから下がらずボールの跳ね際を鋭く叩き、押し込み、ネットに詰めてボレーを決める。

 リスクを抑え、ベースラインやや後方でボールを追う以前のテニスから、大きく変わったことは明らかだった。

「変えるのが、怖い」―。

 本玉のコーチを6年間つとめた神尾米は、教え子のそんな言葉を、幾度か耳にしてきたという。

 本玉の最高ランキングは、2022年3月に記録した126位。まさに"ツアーレベル"へのとば口へと至り、次のステージへと踏み出す時。世界24位の高みを知る神尾の目には、その先の舞台に続く扉を開くには、変化が不可欠なことが見えていた。早いタイミングでボールを捉え、相手の時間を奪い、前後の動きを取り入れコートを広く使うテニス。そのトリガーとなるのが、踏み込み攻めるリターンである。

 だが本玉は、それを恐れた。
 
「早くリターンを返したら、相手からも早いタイミングでボールが返ってくる。それを怖がっていたんです」

 シフィオンテク戦前の本玉の練習光景を眺めながら、神尾がそう振り返った。

 本玉にしてみれば、それは信頼するコーチだからこそ打ち明けられる、本音だったかもしれない。だが神尾はその言葉を、関係性が近くなりすぎたがゆえの「甘え」だと悟る。

 自分の下にいることが、もはや本玉のためにならないのでは――そう感じたからこそ神尾は、本玉にいわば、親離れを促した。話し合いを重ね、意図を伝えてもなお「ヨネさんのところにいたい」と泣く教え子を、「お嫁に出すようなものだから。いつでも帰ってきて良いんだよ」と諭したという。

「その言葉が、ストンと落ちたようですね。これからは自分で必要なことを考え、自分のチームを作ってほしい」

 そうほほ笑む神尾の下を本玉が離れたのは、この夏、ウインブルドン後のことである。
 
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覚悟とともに本玉が向かった先で得たものは…